01 再構成
「これ以上、邪魔はさせない」
聞こえてきたのは女の声。
名前は覚えてないが、確かアイツの取り巻きの一人だったはず。
腹部が熱い。
視線を向けると、槍の穂先が俺の腹を貫いていた。
「引き際を見誤るから、こうなるの。……さようなら…」
女はそう告げて、躊躇なく槍を引き抜いた。
赤黒く染まった穂先と、こちらを一瞥もせずに去って行く女の背中。
呼び止めるために叫ぼうとするも、口からは赤い液体と薄い吐息が抜け落ちるばかり。
ならばと足を踏み出すが、一歩目で崩れて落ちた。
己の四肢から、急速に熱が失われていくことを自覚する。
指先すら動かすことが出来ず、自分と言う存在自体が消えて行くようだ。
死ぬのか、俺は。
こんなところで、惨めに。
誰にも看取られず、たった一人でっ!
嫌だ!
死にたくない!
だってまだ、俺は何も為してない。
俺はこの国で一、二を争う名門貴族・ケイオス家の嫡男、アラン=ケイオスだぞ!
精霊魔法に長け、学院での成績も常のトップ。
誰よりも優れた貴族にして、この国の次代を担う存在になるはずだったのに…。
栄誉、名声、富や女。
全てを手にするはずの俺が、こんな…。
何故だ!
何で俺が、こんな目に遭わないといけない?
認められるものかっ
そうだ、全てはあの平民。
アイツが現れてからだ。
平民の分際で、家名なんて名乗りやがって…っ
アイツが現れてからアイリス家のアステアには見下され、フェンリル家からも見放された。
こんなはずじゃなかった。
何を、どこでどう間違ったっていうんだ!
……あれ、これってもしかして走馬灯?
ダメだ、もう何も見えない。
いつの間にか痛みも感じない。
ただ苦しいだけで、それも薄らいでいく。
だけど一緒に、魂まで消えてしまう……。
嫌だぁ…
まだ消えたくない。
間違ったんなら、やり直しをさせてくれ……!
* * *
アラン=ケイオス。
スクルド王国における大貴族、ケイオス家の嫡男。
精霊魔法に長けた若きエリート。
アイリス家とは長年宿敵関係にあり、ケイオスもアステア=アイリスに何かと突っ掛る。
しかし、実はケイオスはアステアに認めて欲しいと言う自身も気付かぬ欲求がためであった。
学院での成績も優秀で、貴族にありがちな取り巻きも沢山おり、将来は安泰かと思われた。
だが、ボルト=ロキが現れたことで全てが狂う。
平民出身のボルトを軽く見るアランだったが、アステアと仲良くなったボルトに敵愾心を抱く。
やがてそれは、彼にとって決定的な過ちを犯す切欠になっていく……。
……手に取った、パッケージの裏にあった登場人物紹介。
どこか見覚えのある名前と、バックストーリー。
戦慄する事実がそこにある。
記憶と頭が確かであるならば、俺の前世がそれになる。
気付いた時はもう、取り乱した。
暫くは情緒不安定になったもんさ。
現実からゲームに入り込むならともかく、ゲームから現実への転生とかどうなのさ。
まあ、今はもう落ち着いてる。
記憶がどうあれ、現実が今の俺の全てだ。
そんな理由も有り、パッケージは気になったものの長らく放置してきた。
情緒不安定になる要素は排除したいからな。
漸く落ち着いた頃、物は試しとやってみた。
そうして知った事実。
ストーリー自体は、謎の記憶とは若干の祖語があったが概ね同じ。
前世の俺ことアランが退場してからが、むしろ本番だった気がしたのはダメージでかかった。
結局アランって奴は傲慢で自己中心的な、いわゆる序盤のお邪魔キャラ。
何度も撃退する主人公サイドからすれば、何時の間にか気付いたら退場していたって程度。
ストーリー本筋に直接は関係ない、彼らの成長を促すための踏み台みたいな存在だった。
エピローグでは、ケイオス家はアランの罪もあって取り潰されたことのみ語られた。
両親は投獄、弟はアステアに討ち取られ、妹は行方不明。
両親や弟、ほとんど記憶にない妹には随分と迷惑をかけてしまった。
だから関係ないとは思いつつ、今の両親や兄弟たちには特に気を付けて優しくしてきたつもりだ。
お陰で出来た息子さんだと近所で評判に。
弟や妹も慕ってくれ、円満な家庭になっている。
だから謎の記憶はそれとして、深く考えずこのまま今世を謳歌しよう。
「おつかれっしたー!」
バイトを終わらせ、急ぎ帰宅する。
今日は弟の誕生日。
ちゃんとプレゼントも買ったし、喜ぶアイツの顔が目に浮かぶ。
ブラコンと言われようと、想像するだけで嬉しくなるのは止められない。
そんな時。
「危ないッ」
誰かの悲鳴と叫び声、ブレーキ音が響き渡る。
えー、今時暴走トラックとか…。
既に五感がない。
気付いた時には全てが遅かった。
ちょっと油断した途端、またこれかよ。
俺って結構、功徳積んできたと思うんだけどなぁ。
神様の、バカヤロー…。
心中で悪態をつくも、どうしようもない。
悲しむ両親と弟たちの顔がチラつく。
俺って奴は、また家族を不幸にするのか。
悔しい。
未だ俺は、何も為してない。
両親の家業を継いで、嫁さん貰って子を為して、子供たちや甥っ子、姪っ子らに囲まれて、穏やかな老後を過ごすのだ。
まだ消える訳には行かない。
間違ったんなら、修正しないとっ
くそぅ……
* * *
「ではアラン君。次は水の精霊魔法を唱えて下さい」
「はい!」
僕の名前はアラン=ケイオス。
名門ケイオス家の長男として生まれ、エリート街道まっしぐら。
そんなレールが敷かれていた筈が、学院で平民に負けてから名声は地に落ちた。
周囲から見放され、見返そうと足掻いた結果は全て醜態を晒す結果に。
挙句の果てに、訳も分からぬまま、誰とも知らぬ女に処分されるように殺された。
物語の核心に迫ることもなく、十七年の短い生涯を閉じた。
踏み台キャラらしく、実に呆気ない最後だった。
そんな設定とかだった、よねー?
口が裂けても他人には言えないようなことを考えつつ、アラン=ケイオス当年五歳。
名門の長男らしく、幼少時より家庭教師から英才教育を施されている。
鮮やかな空色の髪。
貴族らしく整った造形に、カミソリのように鋭い目。
間違いなく、アラン=ケイオスである。
昔は極めて貴族的で、エリートらしい顔立ちだと思っていた。
でも今思えば、如何にも悪者っぽい、嫌な奴っぽい顔だったんだなぁ。
流石踏み台的やられ役。
思わず感心してしまった。
「流石はアラン君。ご両親も鼻が高いことでしょう」
精霊魔法を難なくこなすと、家庭教師が追従のように褒めてくれる。
やっぱ、環境も悪いんだな。
幼い弟の教育のことも、ちゃんと考えてやらないと!
いや、そんなことより。
僕こそお先真っ暗じゃないか。
何となく覚えている。
僕にとって、最初の岐路となった出来事。
それは、アイリス家の長女・アステアとの初お目見え。
ここでお互い最悪の印象となり、以降道が交わることは終ぞなかったんだ。
……っ
一度ならず、二度も死んだ記憶があるせいか、自分の人生を冷静に見ることが出来る。
何と言うか、最悪だな。
主人公たちの魅力を引き立てるために、ひたすら醜態を晒して踏み台で終わる人生。
見下され、笑いものにされ、誰にも認められず、最後は誰にも看取られず消えてしまう人生。
まさしく、物語のやられ役そのもの。
このまま、同じ苦しみを味わえってか?
有り得んわー。
理由は不明だが、今の俺には記憶と知識が備わっている。
これは、自分の未来を既に知っているのと同義。
そして油断大敵と言う、嬉しくない最後の教訓も貰った。
何もかも分からないけれど、ハッキリしてることがただ一つ。
誰が好き好んで、最悪と分かってる人生を送ると言うのか。
間違うと分かっているのなら、間違わないようにしないとな!
別の作品でちょっと詰まってしまったので、頭を切り替えるために書いてみました。