銃と、魔弾と、銀の剣 2
「あーもう! なんかめんどくさい事になっちゃった……」
「どーして、こーなったんだろな……」
「君が! 容赦なく! 強盗を撃ったからでしょーが!」
そう言いながら、金色の髪を靡かせた凛々しい女が、鉄格子の中で怒声を上げた。
現在、ダルタニアンと相方の女騎士ことマリニアは、町にある銃士隊詰所の牢屋に放り込まれていた。
酒場で大暴れしていた彼らを、町の保安銃士が偶然発見。強盗の一味と勘違いされた二人は、酒場で伸びていた強盗団諸共、捕縛されてしまったのだった。
自身と同じ側である銃士隊に捕縛された事で、マリニアは頭を抱えていた。確かに自分も暴れたが、そこまで酷い事はしていない……はずだ。少なくとも、ダルタニアンのように武器を使ったわけでもないのだから。
そしてダルタニアンと言えば、魔動銃のみならず、着ている服を除く全ての所持品を没収されてしまい、意気消沈していた。
「……畜生。羽根帽子まで持っていきやがって……」
「いい加減、その物への執着心どうにかしない? 女の私から見ても凄い女々しいし……」
「うるせェやい」
口を尖らせながら、拗ねるダルタニアン。
すると、牢屋の外から声が掛けられる。
「あいやー、まぁさかホントぉに銃士と騎士たぁね……ひクッ」
悪い悪い、と頭をヘコヘコとさせ、時折しゃっくりを交えながら、町の保安銃士の一人らしき男が現れる。
胸には町の保安銃士である事の証明である銅のバッジが着けられ、腰には銃士の所以たる銃が、ホルスターに収まっている。見た目こそ銀色で魔動銃っぽく見えるが、実際のところどうかまでははっきりしない。
見栄を張って機械銃を塗装し、それっぽく見せようとする銃士も少なくないのだ。
「特にちびっこいの。おでれぇたね。一体どんな手で……」
「ンなこたどーだっていい。俺の荷物は?」
せっかちなガキだのう、と小声で呟き、保安銃士の男は牢屋の鍵を開けた。
******
「んじゃあ、改めまして……んくッ……よーこそ、『へプラ』の町へ、帝国の銃士殿に騎士殿。見てのとーり、なぁんもねぇところですが、ま、ゆっくりしてってくだせぇ……へクッ」
「ンな長居するつもりネェやい」
しゃっくり気味に放たれる保安銃士の儀礼的な言葉に、少年銃士は、ケッ、と吐き捨てながら返す。
魔動銃を扱える銃士を、一般的に『高等銃士』、あるいは『魔銃士』という。彼らは単純に希少な存在というだけではない。それこそ、普通の銃士になる以上の途方もない訓練を積み重ねた末に、ようやくなる事ができる、エリート中のエリートである。
対して保安銃士は、基本的に銃士認定試験を通過すれば誰でもなれる役職の一つ。
認定を受ければ、誰でも銃が持てる。即ち、誰でも銃という、目に見える力が得られる。相手が銃を持っていない限りは、保安銃士はお山の大将でいられるというわけだ。
無論、正義感から保安銃士になる人間も、いない事はない。しかし、ここは荒涼たる西の大地、ウェストサイド。何もかもが枯渇の一途を辿る運命にあるこの地で少しでも長生きする為には、銃は必要不可欠。銃さえあれば、大抵の人間は従えられる。大抵のモノは手に入る。酒然り、女然り。
――ま、肝心の弾丸が無けりゃお飾りも同然なんだがな。
ダルタニアンは、チラリ、と保安銃士の男を見やる。
「……ところで、あの連中、やっぱ強盗?」
「そうすねぇ。ま、賞金首にすらならねぇ……へクィッ、ちんけな連中だったみてぇですけどもね」
「なんだぁ」と、ダルタニアンはがっくりと肩を落とす。
賞金首とは言わずもがな、このウェストサイドで銃を手に生きる人間達にとって、食い扶持たり得る存在である。「力無き民は不毛の大地を耕すが、大地は潤わない。しかし力ある民は大地と懐を血で潤す事ができる」とは、どこの誰が言った格言だったか。
『呪われた大地』と方々から言われる程、魔素の汚染が激しいこのウェストサイドは、その反面、犯罪者達にとっては良い隠れ蓑と化す。大抵の銃士や騎士達は、そもそもここに入る事を禁じられ、元より自分から入りたがらないからだ。
そうしてノコノコとやってきた犯罪者は賞金をかけられ、賞金首としてウェストサイド在住の賞金稼ぎ達から狙われる事となるのだ。
ただ、ウェストサイドでの賞金首狩りは一筋縄ではいかない。何故なら――
「って、そんな事より、訊かなきゃならない事があるんじゃないの?」
「……なんだっけか」
「もう!」
はぁ、とため息をつくと、マリニアは態度を改め、保安銃士に問いかける。
「えぇっと……アナタ、名前は?」
「ヘンゲルってんで……ひック」
「んじゃ、ヘンゲルさん。私達、実はある賞金首を追ってるの」
「へぇ、賞金首を」
保安銃士改め、ヘンゲルは保冷庫からボトルを手に取ると、その中身をコップに注ぐ。
「ソイツの名は……って、この匂い! ちょっとアナタ! まさか職務中に酒飲む気!?」
「ちゅうて、さっきアンタらが強盗団やっつけてくれたじゃねぇですか。なら、しばらくは安心でしょう」
「~~~~ッ!」
「どうどう、抑えろ抑えろ。ウェストサイドじゃこういうもんだって、知ってんだろ」
「おっ、アンタ分かるねぇ。どうでぇ、一杯やるか」
「悪ィが酒は飲まねぇ、ってか飲めねぇんだ。どっかの真面目な騎士の鑑が許してくれなくてな」
「そら、かわいそーに……クッ、と、あっぶねぇ、しゃっくりで零れるトコだった。ホラよ、まずは一杯」
「アンタも勧めんじゃないの!」
******
「はぁ……結局手がかり無しかぁ」
あの後、保安銃士ヘンゲルに話を聞いたはよかったものの、大して成果は得られることなく、二人は泣く泣く町の宿屋に足を運んでいた。
彼らが今いる宿は、ウェストサイドで良く見かけるオンボロ宿だが、それでも野ざらしで寝るよりかは遥かにマシである。二階の一室に二人で泊まっており、その事で宿屋の主に何とも言い難い目で見られたが、特に男女のそういう仲ではない為、二人は特に気にしなかった。
「ウェストサイドに来て結構経ってる気がするけど、足取り全然掴めないなんて……」
マリニアの言う通り、彼ら二人はウェストサイドに来てしばらく旅を続けているが、彼らの目当てである、ある人物の手掛かりは一向に見つからなかった。
と、いうのも――
「アヤシー野郎なら何人かいたろ?」
「そのアヤシー野郎の挑発にノコノコ乗った挙句、情け容赦無く脳天撃ち抜いたのはどこの誰でしたっけね」
「ひでェ事する奴もいたもんだ」
「ほォんと。そんな事やる奴なんて、きっと見た目だけじゃなく、中身も相当子供なんでしょうね」
「……ケーッ」
――見つからない原因のほぼ全てが、ダルタニアンの激昂によるものだったから。
「で、次はドコに向かうつもり? 地図によれば、どっちに向かってもしばらくは町どころか、村一つ見当たらないって話だけど?」
「あん? すぐ出てくわきゃねェでしょうに。まさか、あのトンチキ似非銃士に言った事、本気で信じてんのかよぅ、このアカポンタン」
「アカポンタンッ、てっ……アンタねぇ……」
二人して、呆れた顔を隠そうとしない。しかし、二人に認識の相違がある事は明白であろう。
「そりゃ、出てくのは早くても日が昇る頃か、遅くても明日の夕暮れ時のどっちかだろうよ」
「……へ?」
妙な物の言い方に、思わずマリニアは目に見えて首を傾げてしまう。
「……はーん? マリニア、お前さんまさか、あの似非銃士の野郎の言う事信じてんのかい?」
「それは……」
それを問われると、正直答えに迷う。何せ、あの態度だ。真面目に職務に準じているとは思えない。
しかし、違う違うと、まるでマリニアの考えている事を見透かしているようにダルタニアンは手を振る。
「マリニアは頭かてぇなぁ。多分、ちったぁ合ってるだろうけど」
「どういう事?」
「よく考えてみな。あのスカタン野郎、偶然酒場で騒ぎがあったのを知ったとかほざいてたけど……偶然なわきゃねぇな、あれは」
「……つまり、分かってたって? 酒場に強盗団がいる事を?」
「パトロールしてたって言われりゃそこまでだけどサ。けど、昼間っから酒飲んでたようなヤツの、「真面目にパトロールしてましたぁ」なんて台詞、普通信じるか? しかも俺みたいなガキンチョに酒まで勧めてよ」
「……まぁ、確かに」
そういえばそうだと、マリニアは考える。それこそ一つの可能性でしかないが、少なくともあの男が、そういうタチではないという事は分かる。帝国からわざわざここまでやってきた高等銃士と騎士を相手にあの態度だ。真面目に仕事に勤めていたら自分達を見つけた、というのはどうにも考えにくい。
無論、そういう人間には例外もいるが、彼らとて伊達に今の肩書を背負って仕事をしてきたわけではない。それなりに目利きは効く。
思案するマリニアを他所に、ダルタニアンは懐から一枚、銀貨を取り出す。
「可能性は二つ。丁度コインの表裏。表は、本当に、ただ偶然酒場の騒動を見つけただけ。そして裏は……」
そこでダルタニアンは言葉を切り、その視線を扉へと向ける。
そして、顎でベッドの下を指し示すと同時に――けたたましい発砲音が何度も、何度も鳴り響きだす。
木製の扉を容易く突き抜けた弾丸の吹雪が、元よりボロボロな部屋を更に無残に変えていく。
ベッドに敷いてある継ぎ接ぎのシーツも、穴の開いたテーブルも、ところどころガラスが欠けて風と一緒に砂が僅かに入ってくる窓も、何もかもが粉々になっていく。
……下の階から「ワシの宿がァ!」という悲壮感漂う叫びが聞こえたのは気のせいだろうか。