銃と、魔弾と、銀の剣
広大な大陸の三分の一を支配する荒野の領域、ウェストサイド。年々荒野の拡大が問題視されているこの不毛の大地だが、人間が住んでいないというわけではない。元から住んでいた人間が、そこに根付いて生活をし、町や村を形成するのも珍しくない。
寧ろ、ある種の人間達にとっては、これほどまでに居心地のいい場所はない。
例えばそれは、犯罪者。
「ゲハハハ! そこのカワイコちゃん! 俺の為に酒ェ持ってきてくんな!」
広大な荒野のどこかしらにある町。この荒野に点在する町の数々と何ら変わり映えのしない、ゴーストタウン一歩手前の町である。懐が特別に潤っているわけでもなく、かと言って貧困かと言われるとそうでもない。
そんなウェストサイド基準で言えば何の変哲もないごく普通の町に、その強盗団はやってきていた。
強盗団とは言っても、別にこの町を襲いに来たわけではない。このウェストサイドにおける強盗団とは、武装集団と同義である。ただそれが、善良な方か悪の方かで、呼び名が変わるだけだ。
その日、強盗団は外部からやってきた輸送団の襲撃からの帰り、偶然にもこの町を発見。戦勝祝いとばかりに酒場に突撃し、武力がある事をいいことに、事実上のタダ飯を喰らっているのだ。
「ほれほれェ、気ィつけねぇと、落っことしちまうぜぇ?」
パンパンと町娘の尻を叩きながら、酔った強盗団の一人が高らかに笑う。今この酒場にいるのは、強盗団の下品な男達に、彼らが目を付けた町娘が数人。
とりわけ見目麗しい美女がいるわけではないが、男達としては、とりあえず色気があればそれでいいのだ。そしてそのままお持ち帰りが、彼らの普段の流れであった。
さて、そんな町娘達の側はどうかと言えば、地獄以外の何物でもない。特に贅沢な物を食べられるわけでもない。普通の食事だって、精一杯やりくりしないとやっていけないというのに、何故他所からやってきた男達に寄越さなければならないのか。
そんな理不尽に憤る心はあるが、残念ながら彼女達には、力がない。町の男達もまた然りで、「争い事は御免だ」と言わんばかりに、事の成り行きを静観している。はっきり言って情けない事この上ないのだが、残念ながらこのウェストサイドでの常識は、「力こそ全てであり、力こそ全てを解決する万能の道具」である。それ即ち、力無き者達に文句を言う資格も無ければ、逆に文句を言われる謂れもない。力が無いのなら、黙って見ているしかないのも仕方がないのだから。
――そんな時、酒場の両開きの扉を開けて、新たな客がやってきた。
「ほげぇ~……ぢがれだァ~……」
「……あー、もー駄目。足がパンパン」
新たにやってきたのは、声からして男女二人。どちらもフード付きのマントで頭からすっぽりと身体を覆っているが、片や背の小さい子供、もう片やは成人してるかしてないかぐらいの年齢の若者だという事は見て取れる。
その二人が入ってきた途端に、酒場の雰囲気が一転、静寂に包まれる。
「やぁれやれ、よぉやっと屋根のあるところにこれた……」
くたびれた声と共に、子供と思しき方が、頭に被っていたフードを外す。
フードの下から現れたのは、齢十五程であろう快活そうな少年。それなりに整った目に、それなりに整った口元。それを、やや上向きになった鼻で台無しにしている。
「ふぁ~……やっぱり鎧装備の上にフードとマントはまずかったかな……」
「鎧はともかく、兜まで被るかよフツー」
そんなツッコミを少年に入れられながら、背の高い方がフードを脱ぐ。
順当に行けばこちらは女の顔が出てくる――はずなのだが、そのフードの下から現れたのは、砂汚れが目立つ銀の兜。フルフェイスの兜なせいか、目元すらも薄暗くなってよく見えない。
マントの下から覗くのも衣服ではなく、いぶし銀の鎧だ。
そんな異様な二人を、強盗団も町娘も、果ては酒場のマスターすらも、間抜けな面を晒している。
「ま、いいや。ンな事より、食い物じゃ飲み物じゃ! 酒飲もうぜ酒ェ!」
「……君、まだ酒飲める年齢じゃあないよね?」
「まーまー、頼りになる騎士サマがいて下さるんだからええじゃないの」
「君、そんな事言える立場だっけ!?」
唖然とする周りをそっちのけで、二人は漫才のようなやり取りをしながらカウンターの方まで歩いていく。騎士姿の女の鎧が放つ、ガチャガチャという音が、酒場内によく響く。
そして、同じく唖然としているマスターの真ん前の席に座った少年から一言。
「とりあえずミルク。ダブルでな」
まさかの健全なチョイスに、ギャラリーと化していた客達は思わずその場でこけ、あるいは椅子からずり落ちそうになる。
少年の隣の席に腰を下ろした女騎士は、普段からそうなのか、ため息を一つ吐くだけ。
「……あー、頭痛い」
兜に手を当て、頭を振る騎士。対する少年はと言えば、困惑を隠しきれないマスターがなんとか持ってきた大き目のサイズの木製コップを手に取り、ウキウキとしていた。
――その少年の手は、少年のものとは思えない程にゴツゴツとし、手の平は硬くなったマメだらけであった。
その尋常ならぬ手を見ることが出来たのは、隣に座る女騎士を除けばマスターだけだった。
彼が手にしたコップの中には、やや黄ばみが見て取れるミルクが入っている。それに加え、獣臭さとはまた異なる異臭もする。
「ンン?なんか黄ばんでるような、てかちょっとヘンな臭いがするような……ま、いいか」
しかしそれに構う事無く、少年は勢いよく、コップの底が天井に向く程に傾けて飲み始めた。俗に言う、一気飲みである。
グビリ、グビリという牛乳を飲み干す音だけが、酒場を支配している。
しばらくして、全て飲み干したらしい。少年は「プハァ!」と、笑顔で息を盛大に漏らした。
「あ゛~、タマランぜぇ、やっぱミルクサイコー……」
と、そこまで言った時だった。急に少年は黙りこくってしまう。
「えっと……もしかして、また?」
訳知りといった様子で、隣の女騎士が少年の顔を覗き込む。
少年はと言えば、先程までの明るさは一体どこへ消えたのやら、今度はふるふると顔を震わせているではないか。
「ど、どーしなさったんで?」
目の前の異質すぎる二人組を前に、ようやく我を取り戻したマスターが、女騎士に―あるいは少年に―問いかける。もし少年に向かって言ったのだとすれば、それは少年の態度があまりにも年相応とは言い難かったからだろう。
「……ょ」
「へぇ?」
少年の口から、小さく声が漏れる。何かを言ったようだが、生憎と声が小さすぎて、マスターの耳には届かない。
そこで、少年の方に耳を近づけてみると――
「便所、貸してくれぇ……」
思わずマスターは、頭をカウンターの机へと落としてしまう。
そこでふと思った。
――「確かあの牛乳、それなりに日が経ったものではなかったか」、と。「いやいや、それにしたって腹痛くなるには早すぎやしないか」、とも。
「べ、便所ならそっちの扉の方に……」
「お、おぉ……ありがてぇ……」
とりあえず、その事実を隠した上で、マスターは少年に便所の場所を指し示す。と言っても野ざらしのようなものだが。
そんなマスターの隠し事とは裏腹に、少年は唸りながらも礼を述べ、よろよろと便所のある方の扉へと歩いていく。その後ろ姿は、小さいながらも酒の飲み過ぎで二日酔いをした男のようであった。
その時だった。
「てっ、テメェ!」
こちらもようやく我に返ったのか、強盗団の内の一人が、カウンターに座る女騎士に向かって怒鳴りだす。それに便乗するように、他の強盗達も静かに殺意を漲らせる。
それに対し、怒鳴られた側の女騎士はと言えば、まるで自分が呼ばれていないとでも言うかのように、辺りをきょろきょろと見回す。
「お、お前だよお前! トンチキなカッコしやがって!」
強盗はやや上擦った声で、更に叫ぶ。
その声にようやく気付いたのか、「もしかして私?」とでも言いたげに、強盗の方を向きながら自分の事を指さす。
「お、お前もしや、『騎士』、なのかッ!?」
「えぇ、まぁ」
勇気を持って訊いた問いに、女騎士はあっさりと答えた。
それを聞いた瞬間、命のやり取りを生業とするならず者達の行動は早かった。
「やっちまえ!」
腰のベルトに差した黒鉄の塊――拳銃を手にし、その銃口を、今だ無防備―ここでの無防備とは、避ける素振りすら見せない事を言う―の女騎士に向ける。
銃口を向けると同時に、各々が引き金を引く。丁度射線上にいるマスターは、「ヒィ」と情けない声を上げ、素早くカウンターの下に潜り込む。
そして女騎士は――
「よっと」
重々しい鎧を着ているとは思えない程軽やかに、慣れたように近くにあったテーブルを蹴り上げ、それを盾にした。
連続した銃声が鳴り響き、立て続けに木製のテーブルに穴が開く。
町娘達の悲鳴も銃声が掻き消してしまうが、そのおかげで強盗達に気取られる前に外へと逃げ出す事に成功する。
強盗達が手に持つ銃は、金属製の実体弾を投射する、このウェストサイドのみならず大陸全土で流通している、ごく一般的な火器である。魔力があって初めて起動する魔動式拳銃に対し、こちらは機械の力で動く事から、機械式拳銃と呼称されている。
彼らが持つ機械式拳銃は、ウェストサイドに生きる荒くれ者に評判のリボルバー。魔動式機械とは異なり、物理的破壊などがない限りは、例え『魔の嵐』にさらされても安定して動作する事から、如何な頭の悪いゴロツキであろうと一丁は腰に忍ばせている程だ。
装填されているのは、主に鉛製の弾丸。ウェストサイド特有の原生魔動物が相手ならともかく、人間相手なら十分な威力を発揮する……のだが、テーブルもそれなりに厚みがある為か、ギリギリ貫通はしない。
……だが、彼らの持つ拳銃の弾丸装填数も一発だけではない。防がれたのなら、ぶち抜けるまで撃つだけだ。
強盗達は射撃を続行。テーブルに弾が命中する度、机の表面が抉れ、細かな木片が飛び散る。
と、そんな弾丸の雨が殺到する中で、女騎士がアクションを起こす。
「せい!」
女騎士がやったのは、いたってシンプル。倒した机を、強盗達に向かって蹴ったのだ。
当然、それを強盗達は避けようとする。テーブルが飛んだ方向とは別の方に立っていた強盗は、「馬鹿め」と内心で罵りながら、マヌケな騎士がその身を晒すのを待ち構え、銃を強く握りしめる。
しかし、強盗の銃は、女騎士を捉える事はなかった。
ガシャリ、と鎧を鳴らしながら女騎士が素早く駆け出すと、彼女の真ん前に立っていた強盗の一人に飛び膝蹴りを喰らわせる。待ち構えていたはずの強盗も、一瞬何が起きたのか把握できなかった。
「は、はえェぞコイツ!?」
「畜生!よくも!」
「バカ、下手に撃つんじゃネェ! 仲間に当たんぞ!」
一種の恐慌状態に陥った強盗達に、女騎士は容赦なく襲い掛かる。ひらりとマントが翻った時に見えた腰の剣を使う事無く、殴打、蹴り、掌底と、徒手空拳で次々と叩きのめしていく。
「な、なぁおい……」
「ンだ!こんな時に!」
酒場にいた強盗も残り五人、といったところで、角の方に下がっていた二人が何やら小声で会話を始める。
「さっきよぅ、ちみっこいのいたじゃねぇか。アイツを利用して……」
「なるほど! 冴えてンなァお前!」
本当に冴えているかどうかはともかく、人質作戦という手段は実際有用である。あの女騎士も、人質がいれば手出しは出来まい。
「オイッ、便所でクソしてるガキ連れてこい!」
彼らは悪党だが、善は急げとばかりに、丁度便所に続く扉の近くに立っていた二人の強盗に向かって指示を飛ばす。その意図を把握した二人は、悪い笑みを浮かべながら外へ出ていく。
「ケケケッ、あのガキ、見たところおめぇさんの弟かなんかなんだろーが……一緒にこんなトコに来ちまったのがウンのツキってやつだァ!」
「覚悟しろよてめぇ……身包み剥いで美人だったらよぅ、そのまま可愛がってやんぜ……」
勝利を確信し、その後に行われるであろう事への期待感から、ゲヘヘ、と分かりやすく悪役な笑い声を上げる強盗達。
そして女騎士はと言えば――
「あー、ダルタニアンを狙ったかー……」
あちゃー、と拳を額に当て、項垂れている。それを見て強盗二人は、若干の違和感を感じながらも、更に勝利への確信を深め、笑い声を上げる。
「へ、ヘヘヘ、分かったら、動くんじゃねぇぞ……」
そう言い、女騎士に一番近い強盗へと目配せをする。
目配せを受けた強盗は、手をわきわきと動かしながら、女騎士に近づく。
「よ、よーし、武器を捨てな。それから……」
「武器を捨てるのは別にいいんだけど」
唐突に女騎士が、強盗の話をぶった切る。
「なんだよ」とじれったそうに強盗が言うと、
「……見た目で判断するのは良くないかな、って」
銃声にしてはやけにけたたましい爆音が二度、酒場をつんざいた。その音が聞こえてきたのは、丁度便所のある方から。
最初、仲間が銃を撃ったのか、と残った強盗達は思った。だが、普段から銃声を聞いている彼らには分かる。彼らの持つ機械式拳銃の音とは、明らかに異なる音。うまく説明はできないが、分かるのだ。
……となると、残る可能性は一つ。
「う、ぐぇぇ……」
扉の向こうから、呻き声と共に仲間の二人が戻ってくる。よろよろと足元がおぼつかない様子に、酒場にいる強盗達は思わず生唾を飲んでしまう。
そして、便所に続く扉を開けたと同時に、二人の強盗は盛大に床に倒れた。
「おうおう、ンナロー。便所は一人で入んのがマナーだって習わなかったかい」
その後ろから悠々とやって来るのは、強盗達の予定なら今頃人質になっているはずの、ダルタニアンと呼ばれた少年。
その右手には、男達の鈍く黒光りする拳銃とは異なる、銀色の銃――魔動式拳銃が握られている。
「ぎ、銀色の銃……ホンモノの魔動銃!?」
途端に、ウェストサイドの荒くれ者達に再び動揺が走る。何せ、機械式拳銃なら腐る程見てきた彼らではあるが、彼らの人生の中で魔動式拳銃を見たのは、これが初めてだ。
噂ぐらいは彼らも知っている。大陸のほぼ全てを支配する帝国において、銃を使う騎士である銃士は星の数ほどいるが、その中でも魔動式拳銃を扱う人間は、今ではほんの一握り程度しかいないという。
動力たる魔力――即ち魔素が問題視されているのもそうだが、何よりもその異様なる力を正常に扱える人間が少ないのだ。
ある銃士の持つ魔動銃から放たれる魔弾は、実体弾とは異なり、その弾道を曲げられるという。
またある銃士の持つ魔動銃は、見た目こそ機械式拳銃と大差ないリボルバーだというのに、まるで機関銃のように連発するという。
そして、全ての魔動銃に共通するのは、『銀、あるいは金の銃身を持つ』という事。
その特徴は、少年の手にした銃と一致する。
「い、いやそんなまさか……」
「は、ハッタリだ!ハッタリに決ま――」
直後、機械式拳銃よりも更に響く、金属音の混じらない銃声が、矢継ぎ早に言葉を口にしていた強盗の一人の声を消した。
ゴトリ、という物々しい音を立て、一人が仰向きで倒れた。
「……で、どうだった?」
ダルタニアンは、懐から赤の羽根帽子を取り出し、頭に被る。あしらわれた羽根は、鳥のものとは思えない程に美しい、淡泊な色合いをしている。
「ハッタリだったかい?」
にっかりと笑うダルタニアンの、ゴツゴツとした手に握られた銀の銃――魔動式拳銃『ドラグナー』の銃口が赤熱し、硝煙の代わりに蒸気を燻らせていた。