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AYUMI:2026 虧盈(きえい)

作者: ゆう

AYUMI:2016 『かぐや姫』

http://ncode.syosetu.com/n7164dh/

続編になります

海外の喧騒は慣れたもの。どこに居ても空の表情ってものは変わらない。


「転勤…ですか」


「そうだ」


親の仕事の都合で転住した先は言葉も人柄も文化も違う。そんなものとっくに超えてすっかり馴染んでいる歩は大人になり、そこで仕事もしていた


世界規模のIT関連といえば聞こえはいいものの、実際はプログラミングというより新しいアプリの開発だったり、サイトの立ち上げだったり役職は様々


歩はその中でも翻訳のほうを担当していた。日本語に訳せるということで主に書籍関連を扱っているのだ


今でも本が好きな歩にはうってつけの仕事であり、別に不満なんてものもなく働いていたある日のこと。転勤を命令された朝の時間。ポカンとする歩に上司は書類を幾つか渡してくる


「日本だ。住所や住居の手配なんかも書類に載せてる通りだ。向こうの人手不足なんかも関係してるんだがね、日本語を話せるのは君だけだし」


「はあ…」


「結婚とかしてなかっただろう?嫌なら取り下げも…」


「いえ!いきます…っ」


思わず声を張ってしまった理由なんてひとつだけ。住所の先は歩が昔住んでいた場所にかなり近いからだ


勿論都心部に住まうことにはなるし、近いと言っても電車で数時間はかかる。それでも海外との距離を考えれば歩にとって近い以外のなにものでもなかった


転勤の通告をされてから歩の日常は目まぐるしくなり、やっと日本の地を踏みしめた時は仕事よりなにより約束だけが頭を埋め尽くしていた


まさにかぐや姫のお迎えが来たような気分だった。月へと帰るかぐや姫の乗り物が歩にとっての飛行機と言える


まあだからと言って現実そう甘くはなく、転勤早々仕事に追われる日々


やっと連休が取れた時には日本に来て一ヶ月が経っていた


それでも歩の意思は変わらず、昔住んでいた場所へ…約束が果たされなくてもいい


ただそこへ帰ることが歩には重要なことだった


電車に揺られて数時間。たどり着いた景色はやっぱり幼い頃より大きく変わっている場所もあるけれど街並みは昔のまま


いつも通っていた通学路も、その付近にあった公園も年季が入っていても変わらずにある。なんとなく足を向けた昔住んでいた家は建て替えられていて今は別の人が住んでいるらしかった


じっくりゆっくり散歩をして、空気を吸って、近くの食堂でお昼を済ませて、電車の時間を確認しながら最終的に辿り着いた先は…


「涼介…」


回り回ってそれでもやっぱり来てしまった。昔の記憶を辿ったその場所は彼が住んでいた一軒家。


夕刻の時間を考えるとこんな場所で一人の女が家を見つめ続けるのはかなり怪しい。


それでも見つめずにはいられない。いるのかな?って思って、玄関先の名字を確認して、彼のものと同じだってインターホンに手を伸ばしてはやめる繰り返し。


約束なんて口だけで、幼い頃の淡い初恋に今も焦がれてるなんてどうかしてるって客観的に見れば嫌という程理解はしてるから


「…はあ」


大きな溜息をついてどうしてもインターホンが押せないまま背を向けてしまうくらいには歩も大人になっていた。


感情だけで突進するのは子供だからできることだと割り切ってしまえばその先の行動ができないものだ。


駅のホームですっかり暗くなった空を見上げれば今日は満月らしい


綺麗な円が煌々とやさしい明かりを降り注ぐ


「意気地なし」


ポツリとこぼした言葉は自分に向けて


せっかくお迎えが来たのに、逢いに行く勇気すらないなら同じこと


物理的に近くなった距離感にワクワクしていたものの、実際そこから先に進めないなら海外にいるのとなんら変わりない


「はあ…」


さっきからずっと大きな溜息だけが溢れている歩は時間の確認をしてそろそろ来る電車のために立ち上がる


月明かりとは違って人工的な閃光が走り、機械的な音をたてて目の前に止まる


開かれる扉からはパラパラと人が降りてきて、さすがに田舎寄りのここでは都心部のような人の多さもなくスムーズに乗ることができる


乗る前にもう一度溜息を吐いて片足を入れた歩の隣をスーツを着た男性が遅れて降りようと身体を差し込んできた


すいません、と一言添えられて「いえ…」と歩が顔を上げながら身体を避けた瞬間のこと…


「……歩?」


「りょう…」


互いに目があって、成長したにも関わらず何故か直感的に理解した再会


けれど固まるより早く電車の扉が閉まる笛の音が高く響いてハッとする


その瞬間には腕が大きな手に掴まれ、強引な力が電車に乗り掛っていた歩を駅のホームへと戻した


そのまま電車が発進する中…歩は初めて男性に抱きしめられていた


ただ強く、長い腕が背に周り、自分のものではない匂いが鼻腔をくすぐり、電車が小さくなるのを目にしながら沈黙の闇に沈む


「あ、の…」


「待ってた」


「…っ」


その言葉で十分だろうと言われているようで、その言葉を聞いた瞬間には歩も自ら腕を回して抱きついていた


優しい月明かりが二人の再会を温かく見守っていた


「おかえり」


「…っただいま」


月だけが知る恋の始まり_________…

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