息をするように恋をして、眠りから覚めるように恋を忘れる
嬉しいことに前作をブックマークしてくださった方がいらっしゃったので、やはり浮かんだし書きたいと思っていた部分だけ再び書いてみました。
タイトルの一部は某歌番組で某歌手さんが口になさっていた「息をするように恋をして」という言葉です。無断拝借
そして、己の中の何もかもを音にして吐き出すようなイキモノである、と、言い換えてもいいと思っている。
彼らはそういうイキモノで、その言葉や想いに嘘はないと知っているけれど、その寿命はとても短い、とも、知っているから。
あの人を初めて生で見たのは…元夫のデビュー前の話。
あの頃はまだ本格的にデビューの話がまとまる前で、けれど近々本決まりになるだろうと、メンバーも手伝っていた裏方スタッフたちも期待と興奮に沸いていた頃だ。
元夫と出会ってそれほど時間をおかず同棲するようになって…私も就職したばかりで忙しい毎日だったけれど、それでも彼や彼のバンドを助けその近くで見ていることが何よりの楽しみで幸せだった。
親友には「紐ね」と嫌そうな顔をされてしまったものだけれど、それはそれでいいとさえ思っていたのだから私も悪いのだろう。
だって彼の音楽は本当に素敵で、この才能を生かすために私が支えているんだと思え、それがまた自分も一緒に彼の夢を育てているような気になれて楽しかったのだ。
働き出したばかりの私の給料で二人暮らしはキツイところもあったけれど、それでもいいのだと、十分満足をしていた。
喜んでバンドの裏方の手伝いもした時、既にデビューして名前も知られていたあの人が彼のライブを見に来ていたことに驚き、彼やバンドメンバーが恐る恐る声をかけ一緒に打ち上げをしたのは、忘れるに忘れられない記憶。
いろいろなことがあったけれど、一緒に過ごした数年間で、彼がああいう人だということはわかっていたから、この時は長くは続かないだろうと漠然と思っていた。
彼はいつでも本気だったけれど、その本気はいつだって長く続かない、そういうイキモノだから、と。
だからプロポーズの手紙をもらった時は本当に、本当に驚いたし、しばらくは信じても…いなかったなぁと今ならわかる。
彼らのデビュー話が沸いた時、もう少ししたら彼は出ていき、そうして別れ話をされるのだろうとばかり思っていたからこそ、クリスマスの日の彼からのプロポーズに本当に驚いて、そして動揺のままに頷いたのが彼との間でのハイライトな記憶かもしれない。
そんなだったから、彼からプロポーズされつつもいつまでも挙式の話がなくても平気だったし、次の年に彼らが正式にデビューした後はもう出て行ってくれ、別れてくれと言われるのかと覚悟だけはしていた。
だから本当に婚姻届けをもってこられた時には、正直二度見をしたくらいだったし、むしろ本気なのかと聞きたくなったくらいである。
それでも嬉しいことはもちろん嬉しかったから、いつまで続くのかという疑問は隠して彼に頷き一緒に暮らしていた。
デビューしたてでヒット曲がでたばかりだし、バンドメンバー個人への人気もバンドの人気の一つだってわかっているから、入籍している事実を隠してくれと言われても大人しく頷いたし、身内だけの挙式をしぶられても理解したふりもできたのだ。
入籍前にも入籍後も、元カノだファンだとちらちらする女の影にも、気が付かないふりも見ないふりも当たり前のようにしながら、変わらず彼の世話をやく。
いつ終わるんだろう、いつまで私は我慢するんだろう?
そう思わないでもなかったけれど、それでも彼の作る音には変わらずうっとりできたから、だからもうちょっとこのままでもいいかなぁと漠然と思っていたのだ。
彼の恋は蜉蝣のようなもので、毎回本気でも毎回寿命は短い。
短いからこそ燃え上がるのも早くて死ぬのも早いのかもしれない…どちらにせよ、はっきり言えば長続きはしないということ。
けれどそんな彼がプロポーズから入籍まで半年以上の間を置いたのだから、せめて彼から別れ話を切り出されるか、私が彼の音楽以外に何も思わなくなったら別れようと決めていた。
きっと彼なら自分から私を捨てても、私が彼を捨てても、それを彼らしい音に変えて生かすのだろうと思って、それはそれでいい思い出にもなるなと素直に思えたから、まぁまだしばらくはこのままでいいと、相変わらずの彼を見守っていたけれど。
彼のスキャンダル話を突きつけられた時、そんな気持ちがふっとぶほどの怒りを覚えた。
それからいろいろあって彼とは当初思っていた通りにお別れをし、一応彼が少しでも早く逃げられるようにと、目覚ましのための刺激とダメージ軽減策は取っておいたけれど、予想よりもずいぶんと早く彼が逃げられたことにも驚いたけれど。
まぁ、あの時に記者さんから見せてもらった『証拠』たちからも感じ取れた、あの妄執に憑りつかれているような相手とだったわけだし、当時の奇妙なテンションが下がってしまえば、彼は必死に逃げ出すだろうとは思っていただけれど、本当によくあんなに早く逃げ出せたものだ。
彼はひとりで生きていけないタイプだけど、恋はしていないと息もできないイキモノだから、早くそこらへんをわかってくれる犠牲者を捕まえてほしいものである。
ただし私の時のように法にのっとっての正式な…というのは、やめておいたほうが無難だとは思うが。
そんな風に元夫の近況がまたニュースになっている最中、次の新曲は明るいものなのか失礼ソングなのか、どんなのがくるのかなぁとわくわくしながら雑誌を流し見ていた時、スマホが着信をお知らせしてきた。
『自宅にいることはわかってるから、即座にテレビに電源入れなさい!〇見て!!』
と、親友から用件のみのお知らせ。
自分だってめったにテレビ見ない人のくせに、なんだ珍しこともあったものだと指令に従えば、そこには一度だけ間近で見たことのある有名ミュージシャンの彼の姿があった。
今、若手女性タレントで高感度も容姿もNo.1と言われている可愛い女の子と一緒に写っている。
番組の内容からもこれはおめでたい話なんだなぁと思い、そういえば去年の秋から恋してるっぽい曲ばかりになっていて、今日届いたものはとうとうトドメを指すぞ!と、いう宣言ばりの曲だったなとわくわくしてきた。
やはりミュージシャンというのはその胸の内がそのまま音になり、自身の心と魂を音へと変えていくイキモノなのだとしみじみ思う。
けれど、可憐な容姿できらきらとした目で彼を見上げる彼女と、整った顔で動揺もせずに向かい合って立つ彼に少しばかり、首を傾げる。
彼女は彼を好きだろう。もう目から好き好き光線が溢れまくっている。
だが、彼の眼は…静かすぎる気が…
手元にある今朝ポストに入っていたCDの曲と、そのケースの中にあった綺麗な文字の短いメッセージから想像するに、彼が彼女を好きならもっととろけんばかりの顔というか、溢れだす色気や糖度が過積載でもおかしくないというのに…何故だ?
そう思いながら視界の端でチカチカしてたスマホのアプリに短く「テレビ見てるから後で!」とレスだけして注視してたら…とんでもないものを見てしまった。
まさか彼が私たちのスキャンダルにまつわるあれこれをそんな風に怒ってくれていたとは…実は微塵も想像していなかった。
憐れまれているんだろうとは思ってはいたのだ。
毎月贈られてくるCDには、ケースの中に必ず元気づけたり慰める言葉が添えてあったから。
消印がない封筒で自宅のポストに入れられ続けるそれを一枚目は見知らぬ近所の誰かか、昔から知り合いの元夫のバンドの裏方スタッフの誰かかと思っていた。
表だって近寄れないし慰められないから、タイミングよく発売された曲にメッセージをつけてくれていたのかと、そう思っていたものだけれど、二枚目の時には消印はないくせに使われている封筒が彼の事務所のものになっていたから…思い切ってファンレターという形で御礼の手紙を書いて。
彼の事務所の人で彼のCDを贈ってくる…そんな可能性が僅かでもありそうなのは、たった一度しか顔を合わせたことはなかったけれど、彼以外にいないから恥をかく覚悟で手紙を書いたものだ。
それも三枚目のCDのケースには一枚目二枚目と同じ字で、私の出したファンレターへの返事が書かれていたのだから、あぁ本当に彼からだったのだと心の底からびっくりし、涙がするりとこぼれてしまうほど体から力が抜けたのも、今では少しばかり恥ずかしいけれど温かい想い出。
毎月贈られてくるCDと手紙に、あんな醜聞騒ぎでも彼の曲作りへなんらかの貢献ができたのかもしれない思ってしまえば、これは正直に常にお礼や感想を伝え続けるべきだろうと、そう考えるのは自分にとって当然のことだった。
彼の曲によって慰められた、元気づけられた、今では前向きに笑っている、去年のクリスマスなんて親友と笑って過ごせたと、そう細々毎回正直に礼状と感想をファンレターとして書き続ける。
もちろん、こう毎月ご本人さまからとはいえ、タダでCDをもらい続けるのも申し訳ないので、元夫のために用意したことのある、喉に良いと喜ばれたグッズや、リラクゼーショングッズなどをファンレターと一緒に送らせてもらったこともあったが。
直接言葉を交わしたのは数年前のあの一度切り。
あの時だってしたのは挨拶と…元夫の音楽が好きだということと、他に彼の曲もだとか、誰のどの曲がどうとか、そんな当たり障りのないことを少しばかり話した記憶しかない。
彼の作る曲が、毎回添えられてきた手紙が、あの一度きりの会話が、彼という人は激情を抱えつつも優しい大人らしい振る舞いができる人なんだとばかりに思わせてきたのだが、テレビの中でやらかしている姿を見ていると…
実は、けっこうお腹の中が黒いかもしれない…のか、目的のためなら手段を選ばない派に属しそうな気配が…あるかもしれないということを、今初めて知ってしまった。
めったにないほど整ったそのお顔で、無表情。そのうえその高い背で上から見下ろすとか、相手の女の子が可哀想すぎるし、また遠慮なく責めてるその言葉がエグイ…他人事だってのにそんなに怒ったのか、いや、あの当時の芸能界の様子は一部の芸能人の苦言以外は、確かに倫理的にもアウトなんじゃとは思うけども。
なんだか自分が思っていた彼のイメージも損なわないのだが、このテレビの映像はギャップがすごい…強引に熱く攻め立てるような曲とかだしてもバカ売れすんじゃないのこれ…と思っている間に、彼は今度はカメラの向こうに思い人がいるはずと告白しだした。
その甘さがまた…いや、なんというか…自分に言われているわけじゃないとわかっていても、これは…クル…あれはやばい…テレビ画面を見ながら射貫かれてしまっただろう多くの女性の姿が目に浮かぶよ。
私にしてくれたように、きっと彼は誰かも心配し支えていたのだろう。
どうやら私たちの騒動にも関わっていた人の気がしないでもないので、もしかして元夫のバンドメンバーの女の子だろうか。
彼女たちもまぎれもなく巻き込まれただけの被害者で、彼女たちも元夫の才能を曲をまぎれもなく愛していたのは確かだし。
もしかしたら彼女たちのどちらかは同じバンドメンバーだからそちらを優先して、元夫に想いを伝えることができない間に、私が発生したりあの女性タレントができてたりしちゃって辛かったのかもしれない…とか、想像しだしたらきりがないから止めよう。
テレビの中で、スタジオの中で拍手をされている彼を見ながら、さて今日貰ったCDのお礼の手紙を書くかと、いつものレターセットと万年筆を取り出したところでインターホンが鳴った。
特に宅配の何かが来る予定は無いし聞いてもいないなぁと、一応相手を確認して一瞬息が止まる。
声もでないまま、小さな画面に映っている相手の姿を凝視したまま動けない。
そのうちに画面の中で彼がインターホンを押し、そうして鳴り響く音に混乱しながら私は部屋のドアをゆっくりと押し開いた。
なんの言葉もでてこない。
この一年、一ヵ月に一度の頻度で手紙のやりとりはしていたけれど、今回のCDについてた手紙の中に「顔を合わせよう」というような言葉はなかったし、彼はCDを出せばヒットチャートの1位が当たり前の人気知名度共に国内上位のアーティストさまだ。
一般人の家をいきなり突撃する意味がわからない。
本当にただポカンと彼の綺麗な顔を見上げてしまう。
そんな私の顔がそんなにおかしいのか、彼は嬉しそうに笑みを浮かべた後に、ドアを押し開いたままの私の手をそっと取り、するりと部屋の玄関に入ってくると後ろ手にドアと鍵を閉めてから、ついさっきテレビ画面のなかで見せていたのと同じ表情でゆっくりと口を開いた。
「ねぇ、僕の告白、ちゃんと見てくれた?」
茫然と彼の顔を見上げれば、先ほど見たばかりの『あれはやばい』と思わせられた表情で、何を私に向かって言っているの?
いや見てたよ?テレビは見てました。
親友から珍しく見ろよとせっつかれたから、貴方の怒りから告白までは通して見てましたが、それを何故、今、私の部屋の玄関になんだか気が付いたら入り込んで、私の手を掴んでいる姿勢で、視線を逸らすなと言わんばかりに顔を寄せてきて、確認する、のか?
動かない頭のままで私を嬉しそうに見つめる彼の顔をただ見上げているうちに、さっきの番組終わりの10分間とこの一年間の手紙やCDを思い出し、つい先ほど目の前で告げられた言葉も再生されると、停止した脳が再起動を果たしたようだが、思考回路はまだ復活できていなかったようで、飛び出した言葉はとっさに口からでただけの残念な代物である。
「いや待って、ちょっと待って落ち着いて!?
何がどうなって今ここに貴方がいるの!?
今テレビでって…収録?だったんだろうけど、え?は?
あの番組の相手って……………ありえないから!!!」
そうして手も掴まれていれば、狭い玄関に二人でものすごい近距離で他向き合っている姿勢のまま、にこにこと嬉しそうな彼に『ちゃんとしっかり考えるので時間を下さい!!』と、約束させられるまで開放されることはなかったりする。
ここから彼の怒涛の攻撃が開始されて、私が自分の保身を諦めるようになるまでには、二年という時間がかかるのだが、とりあえず二年もがんばった私を私は褒めておこうと思う…それくらいの情熱を向けられたことは、確かなことだ。
だから彼の恋の寿命がどれくらいでも、きっと、私は後悔はしないですむんだろう。
こっちも普通に書くと何話になるの…ということになるので、ハッピーエンド(?)への前振りのあたりを書かせていただきました。