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「優妃、なんか今日いつもより元気だね」
昼休み、文化祭実行委員準備室でランチしていると、朝斗さんが言った。
「え、そうですか?」
口に入っていた卵焼きを急いで飲み込んでから、私がそう答えると、朝斗さんがフッと笑った。
「うん、」
少し上目づかいに私の顔を覗き込む。
「なんか良いことでもあった?」
「良いこと…というか」
朝斗さんの整った顔を、いまだに直視できず目が泳ぐ。
「あ…、――――一琉と昔みたいに、仲良くなれたから…かもしれないです」
朝斗さんと両想いになれて…とか、一番に浮かんだことは頭の中で打ち消して、私は咄嗟に昨日の話をする。
(あー、そういえば…今度応援に来いとか言われたんだった…)
弓道なんて、近くで見たことないしすごく興味はある。
(昔から弓道ってカッコイイなーとは思っていたけど、まさか一琉が…。あの面倒くさがりの一琉がね…)
協調性の欠片もない一琉が、部活なんて…想像したらすごく可笑しくなって、ついクスッと笑ってしまった。
「一琉って…あの?」
朝斗さんの声が、低くなって…私はふと顔をあげ、そこで初めてそれが失言だったと気付いた。サーっと一気に血の気が引く。
「あ、違うんです。いや、違わないんですけど…でも誤解しないでくださいね、私は別に…―――」
慌てて説明しようとしても、上手く話せない。
「会ったの?昨日?」
「…はい」
(怒ってる…朝斗さん怒ってる…どうしよう…)
「…ふーん」
おずおずと朝斗さんの顔を窺い見ると、心底呆れた顔で頬杖をついたまま私をじとっと見つめている。
「本当に、隙だらけだよな…優妃は」
「…え?」
(“好き”だらけ?私…そんなつもりじゃ…)
「朝斗さん、私…朝斗さんだけが“好き”ですから!」
必死で、つい声がでかくなってしまう。
「一琉はただの幼馴染みです。本当です!」
(信じてください…っ!!)
「―――っ…。分かった、分かったから」
身を乗り出して必死に訴える私の肩をそっと押し返して、朝斗さんが言う。
「それ以上近付いたら、ヤバいから…」
「?」
首をかしげる私に、朝斗さんが顔をそらしてため息をつく。
「…―――もういい、なんでもない」
(また、呆れられた…)
しゅんと肩を落とす私に、朝斗さんが何かを差し出す。
「これ、あげる」
不機嫌そうなまま、席を立った朝斗さんが言う。
「え?…―――あ、このお菓子屋さん…」
可愛い絵柄の、見覚えのある袋。
ここはあの、有名なケーキ屋さんの…!しかもこれ、私の大好きなチーズケーキ!
小さな箱に、入っていたチーズケーキを見てつい笑顔になってしまう。
「昨日の、マフィンのお礼」
(え…昨日の…マフィン…て―――空き教室に…忘れたはずの?あの…?)
「…朝斗さん、あのマフィン…食べたん、ですか?」
「届けてくれた人がいてね。俺の名前、書いてあったからって」
(あっ…!今思い出したけど私…手紙入れてたんだ…っ)
「よ、よよ読みました?」
「ん?」
「だからその…て、手紙…です。」
「手紙?読んでないけど?なんて書いてたんだ?」
「読んでないなら、良いんです。いっそ忘れてもらって…」
「気になる。気になって教室戻れないよ、教えて?」
(あ…れ?朝斗さん…なんか…。)
さっきまで不機嫌そうにしていたはずなのに、なんだか愉しそうに私を見つめている。
(そ、そしていつの間にか距離が近いです…)
「優妃…?」
急かすように、朝斗さんが耳元で囁く。
「えっと…だから…」
バクバクと、おさまるどころか激しくなる鼓動を押さえて私はこれ以上ないくらい赤くなった顔を下を向いて隠す。
(――拷問だよ…これぇ…)
「あ、“朝斗さんが好きです。付き合って下さい”って…」
(ああぁ――っ。なんか…改めて口に出すと恥ずかしくて死にそうっ)
私が勇気を出してそう言っても、朝斗さんからなんのリアクションもない。
「…あの…」
私がチラッと朝斗さんの方に視線を上げると、朝斗さんがニッコリ微笑んでいた。
「うん、やっぱ直接言われた方が嬉しい」
どこか満足気な朝斗さんにホッとしたものの。
(ん?“やっぱ”…ってことは…―――)
「朝斗さん!知ってて言わせたんですかっ?意地悪…っ」
(わー、わーっ!!騙されたっ。知ってたのにわざわざ言わせたんだっ)
恥ずかし過ぎて、半べそをかく私を朝斗さんがそっと抱き締めた。
「イジワル?…何度だって聞きたいんだよ、優妃の口から」
私の頬にチュッと音をたてて、朝斗さんが優しく…私の涙にキスをする。
「行こっか、予鈴鳴る」
すぐに腕がとかれて、朝斗さんが先に教室を出る。
「…あ…はい」
(――――あれ…?)
胸が…少しざわついた。まるで何かが…足りないというように。




