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「一琉と…少し二人で話をさせて貰えませんか?」
恐る恐るそうお願いすると、部長は快く部屋から出ていってくれた。迪香ちゃんは部長に促され仕方なさそうに部屋を出ていく。
「…昨晩、“二度と来ないで”ってキレてた奴が、自分からこんなところにまで来るなんて…―――優妃って本当にバカだよね」
一琉はこちらを見ようとしない。下を向いたまま、いつものように毒づく。
「馬鹿はどっちよ…。一琉が心配かけるからでしょ…」
私がそう言い返すと、驚いたように一琉が私を見た。
「心配?優妃が…?僕の?」
「そうだよ、折角才能あるって皆に認められてるんだから、辞めないで…続けて?」
(まぁ…何の部活なのか、いまいち分かってないんだけどね…)
幼馴染みというだけで、私は一琉のことを何も知らないでいた。
知ろうとしていなかったのは私…―――。
もっと早く知っていたら、違う未来があったのかもしれなかったのに…。
(本当に、酷いことをしてきた…よね―――。)
「…今までごめん…。」
「は?―――なに急に…」
「私の為に、色々してくれてたの知らなくて…一琉のこと“悪者”扱いしてた…。」
「マネージャーが何言ったのか知らないけど、」
はぁ…とため息をついて、一琉が頭を掻きながら言う。
「優妃の為に、してたわけじゃないから。謝らないでよ」
「一琉、」
(そうやって、いつも私に嫌われるように…してたんだ…)
あまのじゃくな一琉の言葉は、“気にしないで”と言ってるように聴こえた。
「ありがと」
私が一琉に微笑むと、一琉が意外そうに目を見開く。
「ねぇ、優妃…」
一琉が私の両手をそっと握った。触れられても、不思議と今までみたいな嫌悪感はなかった。
「優妃、僕の気持ちは初めて会ったときからずっと変わってなかったよ…?」
いつもの一琉には考えられないような、優しく…甘えるような声。
私は幼い頃の、優しかった一琉を思い出した。
「うん…ごめん」
(私が…変わってしまったんだよね…)
朝斗さんへの想いは、消えない。だから一琉の気持ちには応えられない。
「だから昨日、付き合おって言ったのは…本気だったし。好きだったからキスした…」
「うん…―――ごめん」
私が謝ると、一琉がフッと笑った。
そして手を離して座っていた椅子から立ち上がると、私から目をそらす。
「はぁ…―ー――油断したな…。まさか高校を変えて僕から逃げるなんて思ってなかった。ずっと僕の隣にいると思ってたのに」
深いため息をついた後、冗談めいた口調で一琉が言った。
「…―――ごめ「謝るなよ…、余計惨めになる」
謝りかけた私に、一琉が被せるように言う。
「…あーぁ、優妃の良さは僕だけが知ってれば良かったのに。」
「え…?」
「早馬朝斗、本当…嫌なヤツ」
「嫌なヤツじゃないってば!私は…―ー」
朝斗さんが好きなんだから…と言いかけた私の口を、一琉がバシッと手で塞いだ。
「わかってるよ、言わなくても。今度言おうとしたらまた唇塞ぐからね?」
「ふぐっ」
(それって…っ、キスするってこと?)
「今日は一緒に帰ろう?いいでしょ、優妃」
私の口から手を離して、一琉がニコリと笑う。
一琉がそんな風に笑うのを見たのは、すごく久し振りだった。
やっぱり、…天使みたい。
「優妃、聞いてる?」
天使、じゃなかった…一琉が見とれてた私に顔を近づけて訊ねる。
「あ、えっと…部活は?」
「サボる!だって今日は特別な日だから」
こんなご機嫌な一琉…、初めて見たかもー―…。
「特別って何が?」
私が首を傾げると、一琉がムッとした顔になる。
「言わないよ…この鈍感女」
「どっ」
(鈍感女~?ひどい…っ!なんでそうなるのよ?)
「やっぱり一琉、優しくない」
私がボソッと言うと、一琉が一言呟いた。
「バカ」
「ば、バカって…」
だけど、今日の「バカ」は…そう言った一琉の表情は…愛情たっぷりがこもっていて…、私はそれ以上何も言えなくなった。




