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『好きだ』
朝斗さんの言葉が、私の心をとろとろに熱くする。
あんなに心地好く響く言葉を、私は知らない。いや、今まで知らなかった。
(これが…“付き合う”ってこと…なのかな…)
一目惚れから始まった恋、初めてお互いの気持ちが見えて…両想いになれた気がした…。
放課後、翠ちゃんと文化祭で使う衣装作りをするために家庭科室に来ていた私は、昼休みのことを何度も回想しては、ポーッとしていた。
「優妃、まだ顔赤いけど熱でもあるんじゃないの?」
ひょいっと横から翠ちゃんが、私の顔を覗き込む。
「や、熱はもう、大丈夫だよ。うん」
隠すように俯いて答える私に、翠ちゃんがニヤっと笑う。
「あー、早馬先輩に会ってそうなったってことねー。」
「み、翠ちゃんっ!?」
翠ちゃんの意味深な言い方に慌てていた私を、翠ちゃんが眉を下げて微笑む。
「上手くいったんだ?良かったじゃん」
(心配…してくれてたんだ…―――)
「うん…」
私が微笑んで答えると、翠ちゃんも微笑んでくれた。
「ところで、今日作ったマフィン、早馬先輩にあげないの?」
「あ、うん…。渡そうと思ったんだけど…」
(それどころじゃなくなって、すっかり忘れてたというか…)
昼休みに、告白して渡そうと思っていたのに、朝斗さんにキスされて、全て吹っ飛んでしまったのだ。
吹っ飛んでしまったついでに、空き教室に置いてきてしまったことに、つい先程気が付いた。
(今更、二年生の校舎に一人で行く勇気はないし…)
「無くしちゃって…」
言葉を濁す私に、翠ちゃんはただ「ふーん」と言っただけだった。
「で、今日も彼氏待ってるの?」
家庭科室での作業も終わり、教室を出たところで翠ちゃんが私にそう訊ねた。
「かっ、彼氏って…」
(“彼氏”って…そんな恐れ多い…)
「“彼氏”じゃん。立派な。」
私の反応をからかっているのか、翠ちゃんがニッコリ笑って言う。
「朝斗さん、今日は帰り遅くなるみたいなんだけど、少しだけ…待ってみようかと思ってる…よ?」
「そっか。じゃあ今日は一緒に帰れないのねー、残念」
「…ごめんね」
翠ちゃんに残念がられて、私は申し訳なくなる。
「あはは、冗談だよ。優妃が幸せならそれでいいんだから。あ、私職員室寄らなきゃ!じゃあまた明日ね」
明るく笑い飛ばして、翠ちゃんは手を振って行ってしまった。
(翠ちゃんは、いつも私のことを気にかけてくれる…ありがとう…)
手を振り返しながら、私は翠ちゃんに心の中で感謝した。




