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「おまたせ、帰ろ優妃」
そんな声がしたと思ったら、翠ちゃんが私と一護くんの間に割って入り、私の腕を引いて歩き出した。
「み、翠ちゃん?」
呆気に取られながら、翠ちゃんに腕を引かれて教室を出る。
(一護くんに、バイバイも言ってなかったのに…)
腕を引かれながら教室を振り返った私に、翠ちゃんが前を向いたまま、言った。
「一護とは、しばらく話さない方がいいよ」
「え…なん「なんでも!」
畳み掛けるように、翠ちゃんが言う。
「翠ちゃん、それじゃ分からないよ―――どうして?」
「――――――一護、優妃のことが好きだから」
ドキッとした。――――聴きたかったような、聴きたくなかったような、そんな想いが複雑に絡まり合う。
「だから、一護があまりに可哀想。―――報われないのに」
(私…一護くんに可哀想なことした?)
無神経なことを言ってるとは思ってたけど、話すことすら“無神経だった”なんて…。
「その気がないなら、放っといてやって…」
翠ちゃんがつらそうに言った。
私にこんな話をすることも、一護くんが可哀想だというのも、友達の翠ちゃんとしては辛いんだろうなと察して、私は何も言えなかった。
「あ…」
靴箱のところで、偶然朝斗さんに会った。
「―――優妃、帰るの?」
「あ、はい…」
何となく顔を見れなくて…私は俯いて答えた。
「初めまして、早馬先輩。優妃と同じクラスの逢沢翠です」
そんな私を横目に、翠ちゃんが笑顔で朝斗さんに挨拶する。
(あ、そっか。そういえば翠ちゃんを紹介したことなかった…)
「どうも」
朝斗さんがいつもの王子様スマイルで応える。
「優妃は今から私と手芸屋に寄ってから帰ります」
翠ちゃんが、朝斗さんに言う。
「――――…いいですよね?」
「もちろん」
二人の間に少し間があった気がした。
遠くから「朝斗くーん」と呼んでいる声がして、朝斗さんはそちらに視線を向ける。
「行かなきゃ…。―――また連絡する。」
私に何か言いたそうにしていた朝斗さんは、私の頭をそっと撫でて、声をかけていた女の先輩のところへと駆けていく。
「…はい。」
(私…ズルいのかな…)
朝斗さんに会えたら嬉しくて、頭を撫でて貰えただけで幸せになれる。
(――――なのに、一護くんのことも気になるなんて…)




