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ファミレスで夕ご飯を食べて、店を出た。
店に入る前は胃が痛いくらいの悩みを抱えていたくせに、今はお腹もいっぱいだが、それよりも胸が一杯だ。
「朝斗さん、どこ行くんですか?私、駅こっち…」
駅とは逆方向に歩き出した朝斗さんに、私はあわてて声をかける。
「あぁ、ごめん。あとちょっとだけ付き合って」
そう言って、ふらりと立ち寄ったのは携帯電話のショップだった。
「解約したいんだ、このスマホ」
普段使っていたはずの携帯電話を取り出して、朝斗さんが言った。
「え?なんでですか?」
「要らない番号がありすぎるから」
そう言って朝斗さんは解約の手続きをして、そのまま新規で携帯電話を買い直した。そして新しい番号をすぐに私に教えてくれた。
「優妃の番号だけ、分かればいいし」
心臓がドキンと高く跳ねた。
(なんて殺し文句…)
「―――大袈裟ですよ…」
私はそれを悟られまいと目をそらす。
「確かに。」
ふはっと朝斗さんが笑った。
(微笑むんじゃなくて、ちゃんと…笑った)
水族館で笑った時以来だな、と朝斗さんのレアな笑顔を見つめる。
(朝斗さんのこういう表情、私に気を許してくれてるみたいで…すごく嬉しい)
ふと気付いたら、自分も笑顔になっていた。
「良かったんですか?」
携帯電話ショップを出て、駅まで並んで歩く。
「うん。本当に、もう必要ない番号ばかりだったし」
(私が彼女達を気にしてたから…、ですよね?)
「すみません…」
聞こえないくらいの声で私はポツリと謝った。
(ありがとうございます…)
「ん?」
「いえ。―――今日、気になってたことが聞けて良かったです」
誤魔化すように話を変えると、朝斗さんが私を嬉しそうに見つめていた。
「俺も」
いつもの完璧な微笑みではなくて、少しはにかんだ笑顔で朝斗さんが言った。
「優妃が思ってること、聞けて良かった」
(甘い…―ーどうしよう…すごく甘い…っ)
バッチリ目があって、直視してしまった私は慌てて下を向く。
(わーっ!鎮まって心臓!)
「他には?」
顔を赤くして動揺していた私に、朝斗さんが言った。
「困ってることとか、ある?」
(困ってること…―ー――)
朝斗さんの質問に、私が今、頭に思い浮かんだこと…―――言ってもいいですか?…いいんですか?
「…あるんだ?」
朝斗さんが黙りこんでいた私の顔を覗き込む。
(そりゃ、ありますよ…っ!)
「朝斗さんが…優しすぎて、甘過ぎて困ってますっ!」
(私の心臓が、持たないんです…っ!)
私の言葉に一瞬キョトンとした朝斗さんが、その直後に悪戯な微笑を浮かべて言った。
「そっか。でもそれは諦めて?」




