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『…なにも知らないで朝斗と付き合ってんの?』
『朝斗にとって、紫さんは特別。曜日代わりの私達と違ってね』
『きっと紫さんはまだ貴女の存在すら知らないはず。でも…貴女と付き合ってるなんて知ったら、紫さんが黙ってないよ。』
(“紫さん”…)
花火大会で見かけたあの綺麗な大人の女性。
私なんかと比べ物にならないくらい、素敵なひと。
「―――ひ?優妃?」
(朝斗さん、本当はその人のことが好きなんじゃ…)
「ちょっと、優妃!」
肩を掴まれて、私は初めて自分が呼び止められていたことに気がついた。
「顔…真っ青。大丈夫…?」
心配して三年の校舎まで来てくれたのか、そこには翠ちゃんの姿があった。
「…大丈夫」
震える唇で、私は一言そう言うのが精一杯だった。
「だから…―――、」
翠ちゃんが私を抱き締めて、そっと背中をさすってくれる。
「危険だって言ったでしょ…」
「うっ…く」
ついホロリと胸に染みて、嗚咽が漏れる。
「なに言われたの?」
「………っ」
(言えない…。言いたくない…。)
言われたことが…知らないことばかりで。ショックなことばかりで。口になんて、出せるわけがなかった。
「優妃?」
「翠ちゃ…私、間違ってた?」
―――ずっと触れないように避けていたあの日の記憶。
『優妃を喰べたいんだけど?』
(あの言葉は、やっぱり…そういう事で…)
それに応えないといけない。応えないと、朝斗さんがあの先輩達のところに戻ってしまうかもしれない。そう思うのに…―――なのに私は…。
「優妃…?」
「私と先輩じゃあ釣り合わないって…分かってたけど。…分かってて付き合うって、決めたはずだったんだけど…」
どうしてすんなりエッチ出来なかったんだろう。どうしてしたくないって思ってしまうんだろう。―――朝斗さんが好きなのに。
「なんかもう、消えたくなる…」
自己嫌悪で消えてしまいたくなる―――。
自分の可愛く無さに。自分の魅力の無さに。 周りの評価に傷つく自分に。
―――そうまでしても、朝斗さんと別れたくない自分に。




