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夏休みも残りわずかになったある日の午後。
朝斗さんに「昼過ぎに文化祭の仕事が終わるからその後に会おう」と言われていた私は、予定より少し早く学校に着いてしまった。
―――あの後から、お互い“一護くんの話”には触れてない。
(あの後、私は謝るべきだったのかな?でも間違ったこと言ってないはず…)
気持ちがどこか晴れないまま、私は朝斗さんと毎日連絡を取り合っている。
いつもの癖で、つい花を見に中庭と裏庭の花壇を見に足を向ける。
中庭の花はきちんと水が与えられたのだろう。変わらず綺麗に咲いていて私は自然と笑顔になる。そのまま裏庭の花壇へと向かうと、そこには意外な人の姿があった。
「あ…」
朝斗さんの姿を見つけて、私は駆け寄ろうとした。だけど朝斗さんと、向かい合って話している人がいて、私は足を止めた。
朝斗さんの前にいる人は死角になっていて誰なのか分からなかった。
と、その瞬間、ぐいっと腕を引かれる。驚いて引かれた方を向くと、―――琳護先輩だった。琳護先輩は低い木の陰に隠れるようにしゃがんで、私が声を出す前に素早く人差し指を立て、しっとジェスチャーした。
「面白いから、優妃ちゃんもここで見物しよーぜ」
にかっと笑って、琳護先輩が小声で言った。
「?」
ここからだと、朝斗さんが何を話しているのか、あまり声が聞こえなかったが、相手の声は少し大きくて、私のところにまで聞こえてきた。
(この声は…―――一護くん?)
「――――…―――」
「俺も朝斗に言いたいことがあった。」
「…―」
「優妃のこと、本気だなんて嘘だろ?花火大会だって、紫さんと居たじゃねーか」
(ユカリさん?花火大会…?)
そのワードから、花火大会の時に朝斗さんが連れていた綺麗な浴衣美人が思い出された。ぎゅっと握られたように胸が苦しくなる…。
(あの人、ユカリさんって言うんだ…。一護くんも…知ってる人だったんだ…)
「うーん、ここからだと朝斗の声聞き取りにくいな」
琳護先輩がそう言ってカサカサと木の陰に隠れながら二人に近づいていく。そしてこっちへおいでと私にまたジェスチャーする。
躊躇いながらも、私は朝斗さんの言葉を聞きたくてそっと琳護先輩の隣にまで行き同じように息を潜めて隠れた。
「お前は優妃と一緒に行けて随分嬉しそうだったよなぁ?」
「は、はぁ?今はお前の話をしてんだよ、はぐらかすな!」
「何、動揺してんの?」
「してねーし!動揺なんて…」
「だけど優妃は俺のだから。今すぐ諦めろ」
「人の話を聞けよっ!」
一護くんの声がどんどん大きくなっていく。
「つか、大事なら不安にさせるな!ちゃんと笑顔にさせてろよっ」
(一護くん…)
そんな風に言ってもらえるなんて思わなくて、私は胸が熱くなった。
「ただの“友達”にそんな台詞言われたくない」
「だったら、」
「一護。お前気付いてないのか?そういうのが友達の域を越えてるって言ってんだよ」
「越えてなんか…」
急に一護くんの声が小さくなり聞き取れなくなった。
「でも勘違いすんな、」
朝斗さんの言葉に、何故か私がギクリとした。
「優妃はお前のこと“友達”として信頼してるだけだからな」
「言われなくたって分かってんだよ」
そう言った一護くんの表情が、すごく切なく見えた。
琳護先輩が二人のいる場所から少し離れたところにまで行き、こっちこっちと私に手招きする。
「優妃ちゃん、モテるねー」
からかうように琳護先輩が笑ってるけど、私はすぐにフルフルと首を横に振って否定する。
違う。そんなわけないよ。だって…一護くんは友達で、私のことも友達だって言ってくれて。
(だから、違う…)




