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怒らせた…?幻滅された?
私が、ちゃんと応えなかったから?…身体の関係を、拒絶したから?
思い知らされた―――私は朝斗さんのことを、全然知らないんだと。
『優妃を喰べたいんだけど?』
『優妃のこと、メチャクチャにしてみたい』
朝斗さんが、なぜ突然あんなこと言ったのか、その本意が分からない。
(付き合ってるならそれが普通なの?色々頭で考えてしまう私がおかしいの?)
首筋に何か這うような感覚がフラッシュバックして、私は無意識に首を庇うように片手で覆う。
(分からない…)
『騙されてるんだよ、』
一琉の言葉が頭に浮かび、打ち消すように首を横に振る。
(違う…)
水族館でチケット代を払うと意地になった私に、お腹を抱えて笑ってた先輩も。
一琉と言い合いした後に、震える私を優しく抱き締めてくれて、『…ごめんな、怖かった?』―――そう優しく言葉をかけてくれた先輩も。
…あの瞬間は、騙されていたなんて微塵も疑わなかった。
『言ったでしょ?一目惚れだったって』驚いて赤面した私の反応を、楽しそうに覗き込んできた、今日の…あの瞬間だって。
私の中の、私の目に映っていた“朝斗さん”は、いつだって優しくて、余裕があって、大人で。
(――――私はどうして“彼女”になれたんだろう?)
なぜ私なんかが選ばれたんだろう。先輩の周りにいつもいる“彼女達”みたいに綺麗でもなければ色気の欠片すらない。女子力も、気遣いすら儘ならないような女が。
明らかに釣り合いのとれていない私なんかが。
「優妃、」
グルグルマイナスな渦に呑み込まれそうになった時、目の前に立っていた人が私の名前を呼んだ。
私は酷い表情をしてたと思う。涙で慣れないマスカラも取れてメイクもぐちゃぐちゃな顔。ゆっくりと顔を上げる前に、彼が私の手を引いた。
「一、琉…?」
「だから言ったのに。傷付くのは優妃だよって」
一琉がこちらを見ることなく、少し乱暴に私の手を引いてズンズン大股に歩く。ちらりと見えた横顔は、なんだか怒っているようだった。
「ほら帰るよ、優妃」
私は何も言えずにただ一琉に手を引かれるまま、重い足取りで少し後ろを歩いていた。




