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後ろから抱き締められたままどうしたらいいのか分かない。
ただ分かるのは…いつも優しい先輩が怖くて、やっぱり何を考えているのか分からない。…―――分からないから怖く感じているのかもしれない。
「あ…あの…―――……」
そう声を出して初めて、自分が怯えていることに気が付いた。
「先輩、…私…―――」
「嫌?―――祝ってくれないの?」
言いかけた私に、先輩が言う。咎められているような、気がして身体が動かない。
「違っ…んっ、そ、そうじゃないです!」
首に何かが這うような感覚が走る。その途端、自分ではないようなうわずった声が漏れてショックを受けた。
(何、これ…―――なにっ!?)
「優妃のこと、メチャクチャにしてみたい」
「!?」
「朝斗さん…」
目に涙が込み上げてくる。瞳が潤んで視界が揺れた。
―――違う、違うと心が叫んでる。
「どうしてそんなこと言うんですか…?」
そう声に出したら涙がこぼれてしまった。堪えていたのに。
(こんなの、先輩じゃない。だって先輩は優しくて…いつだって大切にしてくれて…。)
涙が堰を切ったように次から次へと溢れだした。
「優妃って、涙まで綺麗なんだね…」
「…?」
何か呟いた先輩が、私の拘束を解いた。そしてすぐに優しく指で私の涙を拭ってくれた。
「――――どうかしてた、ごめん…」
そう言って、先輩が私から離れた。そしてその瞬間、私はホッとした…。
「もう、帰っていいよ」
ソファに座って顔を俯けたまま、先輩が言った。私は驚いて、言葉なく先輩を見た。でも先輩は私の方を向いてはくれなかった。
「…帰って。」
ただ、もう一言、さっきよりきつめの口調でそう言っただけだった。




