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「お邪魔します…」
どんなお家なんだろうと思っていた私は、アパートへと通されて少し驚いていた。
(アパートの間取りからして、まるで…―――)
「…先輩、一人暮らしなんですか?」
思わず気になって、聞いてしまった。
先輩は先に靴を脱いで部屋へと上がっていく。
「…まぁ、そうだね。一人で暮らしてる」
先輩は素っ気なく答え、そして玄関で立ったままの私の方を振り返り、上がって?と声をかけた。
「あ、はい」
緊張しながら靴を脱いで、部屋へと入る。
「あの、先輩…ケーキ好きですか?」
買ってきたケーキを忘れないうちに渡そうと、私は部屋のテーブルに置きながら訊ねる。
「嫌いではないよ」
先輩の言葉にホッとして、私はついケーキについて話し出してしまった。
「良かった!なんのケーキが好きなのか分からなかったので、いろんな種類買ってきたんですけど、私ここのチーズケーキが大好きで、もし食べてもらえたらと思っ…」
クスクス笑いを堪えたような先輩の声に、私はハッと気付いて慌てて口を閉じる。
「ありがとう」
先輩はにこやかにそう言って、ケーキを冷蔵庫へ入れた。
(私の好きなケーキの話とか、要らないし!バカ!)
そんな間抜けな自分が恥ずかしすぎて、今まさに“穴があったら入りたい”状態だ。
「ところで優妃、呼び方が元に戻ってるよ。先輩先輩って」
項垂れていた私に、先輩…――朝斗さんが言った。
「あぁ、もう…っ、すみません…」
もう本当、最悪だ、自分。
「夕ご飯、何食べようか?ピザでもとる?」
小さくなって謝っている私に先輩が明るく訊ねる。
「あ、すみません気が付かなくて…何か買ってくれば良かったですよね…」
(どこまで気が利かないんだろう。祝うとか言って、時間をとってもらったのに)
「気にしすぎ。―――待ってて電話してくる」
しゅんとしていた私に先輩が微笑んで頭をポンポンと軽く触れてからリビングから出ていった。
一人リビングに座って、落ち着きなく部屋を見回す。
(ここに、一人で住んでるんだ…朝斗さん。 )
どうして?――ご家族は?――いつから一人で?
(なんて、それは聞いてはいけないこと、なんだろうか?)
シーンとした部屋に、少しだけ寂しくなる。
(朝斗さん、寂しく無いのかな…?)
「優妃…」
後ろから突然抱き締められて、私は心臓が止まりかけた。
「は…はい…」
身体を硬くしたまま立ち尽くしている私の耳元で、クスッと笑う朝斗さん。
「誕生日お祝いしてくれるってわざわざ彼氏の家まで来るし、―――期待しても良いの?」
「き、期待されても…。ごめんなさい、じ、実は私ケーキしか準備してこなくて…」
(本当に私、役立たずだ…)
ドキドキし過ぎて頭がくらくらしてきた。そして自己嫌悪に押し潰されそう。
「ケーキ…とかじゃなくて、」
半分笑いながら、耳元で朝斗さんが囁く。
「優妃を喰べたいんだけど?」
(え…)
その意味は何となく、―――ううん、すぐに分かった。
だけどそれは全く想定外で。全くなんの心の準備もしてなくて。
だってデートの時も、一度も手を繋いだこともなかったのに。なんでいきなり、そんな?――――なんで?
――――朝斗さんが分からない。
「嫌?」
そう聞かれて反射的に首を振る私。嫌なわけが無い。だって私は、朝斗さんが好きだから…―――。
ゆっくりと朝斗さんが顔を近付けて、私の肩に朝斗さんの息が掛かった。
(どうしよう)
「優妃、嫌なら嫌って言わないと、」
朝斗さんが囁く。
(どうしよう)
「―――今ならまだ、逃がしてあげられるよ…?」




