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恋してるだけ   作者: 夢呂
第八章【誕生日】
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私はその日、学校へ来ていた。夏休み中二度目の、園芸委員の当番が回ってきたからだ。

朝斗さんはほぼ毎日、文化祭実行委員の仕事で学校に来ている。だからもしかしたら今日、会えるかもしれない。


でも、誕生日すら祝わない彼女なんて。朝斗さん…もう会いたくないと思ってたらどうしよう。

そんな不安で胸を締め付けられた時だった。


「いひゃぁっ」


突然ヒヤリと首に冷たい感触があり変な声が出てしまう。


「朝斗さん…っ!?」

振り返ると朝斗さんが楽しそうにクスクス笑っている。またしても心の準備もなく朝斗さんに会ってしまい私は一瞬呼吸が止まりかけた。

(し!心臓に悪いです…っ!)


「今日も水やり当番?」


缶ジュースを差し出して、朝斗さんが言った。

(あぁ、これだったのか。びっくりした…。)


ヒヤリと冷たい感触の正体をありがとうございます、と受け取り、ベンチに座る。

ドキドキし過ぎて、意識が一周した私は喋り方は意外と冷静だったと思う。


「はい、あとは中庭の花壇にあげたらおしまいですけど」


(いつもだけど、朝斗さんって神出鬼没だな…)

だけど朝斗さんが隣にいるだけでドキドキが止まらない。なんとか落ち着こうとジュースを口に運ぶ。でも手は軽く震えていて緊張は溶けないし、落ち着かない…。


「朝斗さんは、文化祭の準備ですか?」


「うん。今日は午後までかかるかもな」

先輩がそう答えたら、会話が終了してしまった。

私は話題を探さないとと頭の中でグルグル考えを巡らす。


「…ねぇ、優妃の誕生日って、いつなの?」

不意に先輩が言った。


「…3月24日です、けど…?」

(なぜ聞かれたんだろう…)


「この間、聞いてなかったなと思って」

私の心の声が聞こえたのか、先輩が言った。


「俺、誕生日って祝うものなんだって認識なかったから。ごめんね」

「え、お祝いしないんですか!?」

私は驚いて先輩の方を見る。今日初めて先輩と目があった。しかも、思ったより顔が近くてまた心臓が止まりかけた。


「しよう、3月24日」

私の言葉をどう捉えたのか、先輩がニコリと微笑んだ。


(えっ、祝ってくれるの?私の誕生日を?)

驚いてしまって一瞬言葉に詰まってしまった。


「えっ、あ、ありがとうございます。や、でも、そうじゃなくて。私のなんかより、先輩は…その、ご家族の方とかにお祝いしてもらわなかったんですか?」


私が聞きたかったのは、朝斗さんの誕生日をお祝いすることがないのかということ。家族とか友達とか、朝斗さんなら“彼女達”とかお祝いしてそうなのに。誰からも、…無いのだろうか?


「この歳で、誕生日パーティー?…ナイでしょ」

苦笑いで、先輩が答える。


「…しませんか、誕生日パーティー!!」


したい、と思った。この人の誕生日を祝いたいと思った。彼が“彼氏”だからでもなく、私が“彼女”だからでもなく。―――ただ、単純にそう思った。


「え?」

怪訝そうな顔で先輩が言う。だけど自分の中でこの沸き上がる気持ちを止められそうになかった。


「私が、したいんです!…ダメですか?」


「………じゃあ、今夜うちにおいで」

少し間があって、先輩が言った。いつもの落ち着いた声で。


「良いんですかっ?」

私はこの時、何も考えてなかった。先輩の誕生日を祝いたいってこと以外は、何も――――。

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