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「今日はありがとう」
家の前まで送ってくれた先輩が、私に微笑んで言った。
「いえ、こちらこそありがとうございました」
(ありがとうと言われることを、私は何もしていないし…。)
恐縮しながら私はペコリと頭を下げる。
「じゃ、また連絡する」
すぐに私に背を向けて、先輩が帰っていく。
「あ…あのっ」
先輩が帰っていくのを見ていると、私はつい引き留めたくなってしまう。…何でだろう。
「ん?」
先輩が、ゆっくりと振り返る。
「あの私…先輩。じゃなくって朝斗さんのこと何も知らないなって、それで…」
(もっと一緒にいたい。知りたい。)
私は気持ちを上手く伝えられずにいると、先輩が言った。
「…いいんじゃないかな?別に知らなくても」
「え…」
思いがけない言葉に、私は顔を上げると困ったような笑顔の先輩と視線がぶつかった。
「知りたいと思ってはいけませんか?」
「いけなくはないけど、必要ないと思うな」
(やんわり断られてる…?どうして?なんで?)
暫くして、先輩が口を開いた。
「…優妃は、何が知りたいの?」
そう言う先輩の表情からは、笑みが消えていた。
「…――――た、」
(言ってもいいのかな?聞いたら迷惑なのかな?)
弱々しい声で、私は言った。
「んじょうび…を、知りたいです」
「誕生日?俺の?」
少し困ったように、先輩が頭をかく。
(それすら、知られたくないんだ…―ー)
ショックで俯く私に、先輩の声が頭上からそっと降ってきた。
「――――8月2日。」
(8月…2日…?)
「え…き、昨日…?」
驚いて顔を上げると、先輩の頬が少し赤くなっているように見えた。
「そうだよ昨日」
先輩がそう言って、苦笑する。
(だから、昨日…―ー)
一度誘われたのに、私はなんで勉強会を優先してしまったのだろう。今さら後悔しても仕方ないのは分かってるけど、それでもやっぱり後悔した。
「ごめんなさいすみません私…知らなくて…昨日…」
「別に良いよ、先約だったんだし」
頭を下げた私の頭をポンと優しく撫でる先輩の手。
「知ってたら断ってました、私…」
「落ち込みすぎ」
クスクス笑って、先輩がからかうように言う。
「せっかく今日楽しかったんだから、そんな顔しないで」
そんな風に言ってくれる先輩は、やっぱり大人で格好いいなと思った。




