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「ペンギンの赤ちゃん…っ!くぁわいい~」
「あ、あっちには白熊が!おっきいー!」
隣にあるシロクマのブースに行きかけた私の腕を朝斗さんが掴む。
「優妃、」
少し強めにそう呼び止められて、我に返る。
(周りが見えてないなんて、これじゃ…お子様って笑われる…)
「あ、…ご、ごめんなさい。ひとりで勝手に楽しんでしまって…」
しゅんとして謝り、朝斗さんの顔色を窺う。
「それは良いんだけど、はぐれるよ?」
クスッと目を細めて笑って、先輩が言った。
(うわ、やっぱり笑われてる…―――)
「すみません…」
「行こ?シロクマが見たいんだっけ?」
「あ、はい…」
すっかり落ち込んでいた私の隣に立って、先輩がガラス越しのシロクマを見上げる。
「デカイな…」
先輩がシロクマを見てそんな感想を口にしてくれたのが嬉しくて私は笑顔になる。
「でも、可愛くないですか?ホラあの顔、癒されません?」
「そうか?」
そうでもないという顔でシロクマを見ながら先輩が答える。
お昼になり、水族館の中にあるファーストフード店でランチを食べることになった。
「あの…先ぱ…」
(また、やってしまった。つい名前で呼ぶことを忘れてしまう…)
“先輩”と呼びそうになって私はすぐに言い直す。
「朝斗さん、楽しいですか?」
「楽しいよ、見てて飽きないし」
ニコッと笑って、先輩がそう答えた。
「…良かった」
あまり楽しんでいるようには見えてなかったからホッとしたら思わず心の声が口から出てしまった。
「あ、あの…。このあとお土産見て行っても良いですか?」
「良いよ」
先輩がまたニコッと笑って頷く。
(付き合わせちゃってる気がするなぁ…先輩本当に楽しんでくれてるのかな?)
だけど、それを聞くことはできなかった。先輩は私と違って大人だからだと思ったから。
(わー、何これかわいい!全部欲しい!)
ペンギン、シロクマ、アザラシのシャープペンが並んでいて私は思わずそれを手に取る。
(これ、買おうかな。あ!翠ちゃんにも買って行きたいな)
シロクマとペンギンを手にとって、レジに向かう。
「何買ったの?」
お土産は必要ないのか、先輩がしばらく店内を見て回った後に帰ってきた。
「シャープペンです、ひとつは友達に」
私が見せると、先輩の顔から一瞬笑顔が消えた…気がした。
「友達って?」
「ええっと、―――翠ちゃんっていうんですけど、私のこといつも面倒見てくれるんです」
「へぇ、喜ぶと良いね」
私の言葉に、先輩が笑顔をくれる。
「はい!」
そうして夕方になる前には、水族館から家へと帰ったのだった。




