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「ここって…」
朝斗さんに連れられてきた一軒の店の前で私は足を止めた。
「試合会場から近いし、この時間なら空いてるかなと思ったんだ」
朝斗さんが、少し屈んで私の反応を嬉しそうに覗き込み、微笑む。
緑屋根に白い壁、洋風な造りのお店の外装。
木製の看板には“amour”の文字。
私はここが、どこだか知っている。
ここは、私がお気に入りのチーズケーキのあるお店。
朝斗さんの誕生日ケーキを買った、私の大好きなケーキ屋さんだ。家からは少し離れているからなかなか来ることはない。
(そっか、さっきの体育館の近くだったんだ。)
地理に弱い私は、全く気が付かなかった。
「嬉しいです!」
全力でそう伝えると、朝斗さんが笑った。
「そっか。良かった」
クスクスと朝斗さんが笑う声を後ろで聞きながら、私はいそいそと先に店内に入る。
キラキラと輝くショーケースのケーキ達。
私の目もキラキラと輝く。
わーどうしよう!
定番のチーズケーキも食べたいけれどチョコレートスフレって新作も気になる!
でもでも!隣のショートケーキも捨てがたい!
「店内でお召し上がりですか?」
「はい」
店員のお姉さんがショーケースを覗き込む私に声をかけてくれ、私が顔を上げる前に何故か朝斗さんがそう即答した。
「…え?」
店内で―――食べて帰るんですか?
「持ち帰りが良かった?」
案内されたイートインスペースの奥の席に座ると、向かいに座った朝斗さんが言った。
「…いえ」
・・・言えない。
何個か買って帰ろうとしてただなんて。
食い意地張りすぎって思われるもん。
「大丈夫。帰りに恭子さんの分も、優妃のお父さんの分も、買って帰ろうな」
「・・・あ。はい。」
朝斗さんはそう言ってクスクス笑う。あまりに愉しそうに笑うから、その笑顔を見れて幸せだと感じる。…まぁ、食い意地の部分がお見通しだったのは、恥ずかしい限りだけど。
「帰りまでに考えておいて?」
「…はい」
「ご注文は」
店員さんがお冷やを持ってきて置きながら行った。
「ケーキプレート二つで。」
「は、はい。少々お待ちください」
朝斗さんと目があった店員のお姉さんが顔を赤くしてそう答えると、ぎこちなく一礼してそそくさと戻って行った。
(分かります、やられちゃったんですよね…)
朝斗さんと目があっただけでドキッとしてしまうのは、私だけじゃない。
(だって、かっこいいから…)
だけど不思議と以前のような嫉妬はしない。
それは、いつも朝斗さんが私を不安にさせないようにしてくれているからだと思う。
今日も、突然人がいるところで『キスして』なんて言って、私のことを“恋人扱い”してくれた。
私が驚いて、そのことで頭がいっぱいになるのが分かってて。
(ほんと、好き…)
向かいに座ってお冷やに手を伸ばす朝斗さんをチラッと盗み見ると、目が合った。
「ん?」
「い、いえ…っ、何でも…」
いまだに癖で、咄嗟に目が合うとそらしてしまう自分が情けない。
(そう言えば…―――)
「朝斗さん、」
「ん?」
「持ち帰りにした方が良かったんじゃないですか?」
試合にはフル出場だったし、何より誰よりも動いていたから疲れていると思う。
「・・・どうして?」
なぜか口元を隠しながら、朝斗さんが訊ねた。
「その方が堪能できたかなって」
店内のイートインスペースはかなり狭くて、人気なために人の出入りも激しい。
だからせっかくのケーキが味わえない気がした。
―――もちろんたくさん買って、持ち帰る気だったというのもあるけども。
「優妃、」
「はい」
朝斗さんに見つめられて、つい姿勢を正してしまう。
「もしかして、誘ってる?」




