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その日の夕方、自分の部屋で宿題をしていると朝斗さんから電話が掛かってきた。
「―――朝斗さん、時間大丈夫なんですか?」
他愛ない話をしながら、ふと長電話してても平気なのかと心配になって訊ねる。
『ああ。今ホテルで、あとは消灯時間まで自由だから』
「そっか…」
安堵しながらも、いつもより遠く感じる朝斗さんの声に胸がきゅっと苦しくなる。
(逢いたいな…)
そう思ってしまう自分の弱さに、なんだか不安になる。
『優妃は今日何してた?』
朝斗さんにそう聞かれて、私は不安を蹴散らすように明るく答えた。
「今日は翠ちゃんとガトーショコラ作りました!」
『ああ、逢沢の家行くって言ってたよな。…上手にできた?』
「はい!出来まし…」
作ったガトーショコラを思い出していたら、なぜか先程の、ガトーショコラを食べた一琉の顔まで浮かんできてしまった。
(一琉、珍しく褒めてくれたよね…)
『優妃?』
朝斗さんの声にハッと我に返る。
「あ…いえ、何でもないです」
私がそう答えるのと同時に、電話越しに朝斗さんを呼ぶ声が聴こえてきた。
『あー…、ごめん。風呂行く時間は決まってて』
「あ、はい。…行ってらっしゃい」
――…電話を切らないといけないのに。
すぐに切れない。
いつもより、電話を切る瞬間が切なくなる。
『また連絡する』
朝斗さんの声。
今日はこれが最後?
「…はい。」
名残惜しくて、“おやすみなさい”も“また明日”も言えなかった。
(もしかしたら、また後で電話出来るかもしれないし…―――)
そう思うことで何とか通話終了のボタンを押すと、堪らなく淋しくなって私はベッドに突っ伏した。
先生に言われた言葉が、ずっと胸に突っ掛かってる。
『このままだと、またダメになるぞ?』
(それは嫌だ。それだけは…。)
どうしたらずっと傍にいられるんだろう?
そう考えているうちに、私は瞼が重くなっていった。




