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「香枝は、“これ”早馬に渡したのか?」
“これ”とフォークでお皿の上の残り少ないガトーショコラを指しながら先生が言った。
「え?」
それよりも、高梨先生からの突然の話題に私はつい聞き返してしまった。
「クリスマスの後うまくいったんだろ?早馬の話題は学校にいれば勝手に耳に入ってくるからな」
(え!?そ、そうなんだ?)
職員室にまでそういう噂が届いていたと知ったら、急に恥ずかしくなって私はうつ向く。
「これは渡してないですけど…、昨日トリュフを渡しました」
うつ向いたまま、私は先生に言った。
「あと…クリスマスの時、ありがとうございました」
軽く頭を下げて顔を上げると、不思議そうにこちらを見ている高梨先生と目が合った。
「ん?俺はなんもしてないぞ」
「え、そんなことないです!」
『早馬は香枝と付き合ってる時の方が幸せそうに見えたな』
『素直になれずにいたらタイミング逃すぞ香枝』
――――…あの時、先生がああ言ってくれたから…私は朝斗さんにぶつかっていけたんだと思う。
「私、先生の言葉に勇気を貰えたので」
「ふーん?」
先生はそう言うとフォークを置いて、翠ちゃんママの用意したコーヒーのカップを手に取った。
「じゃあ、ついでに言っておくが、」
ゆっくりとコーヒーに口をつけてから、先生が私を見据えて言った。
「このままだと、またダメになるぞ?」
(え?)
先生の言葉に、私は愕然としてしまった。
(“また”、“ダメになる”?)
「ちょっと先生、なに不吉なこと言ってんの!?」
翠ちゃんが驚きながら、私のためにそう怒ってくれた。
だけど先生は落ち着いていた。優雅な手つきでコーヒーカップを置くと、私の目を見て言った。
「早馬は、香枝以外見えてない。良く言えばそれは“一途”と言えるのかもしれない。だが早馬の場合は、…それとは少し違う気がするからな。」
「違う…?」
「お前がそれに気付いてやらないと、お互い後々大変だと思うぞ?」
先生がそう言って笑った。
―――だけど私は…笑えなかった。
それはきっと――――…。
私も心のどこかで…思っていたからだ。
引っ越しや、受験生という朝斗さんを取り巻く新しい生活環境への不安。
それを拭いたいがために、朝斗さんに自分の我儘を押し付けているのではないかという不安。
朝斗さんに無理をさせているのではという不安。
(そっか。やっぱり…間違いだったんだ…)




