【朝斗視点】237
もっと優妃との時間を堪能して居たかったのに…。
優妃との時間を邪魔する存在なんて、厄介以外の何者でもない。
(ただでさえ家族と同居なんて慣れないのに)
これがずっと続くのかと思うと、うんざりする。
「…なんで部屋に来た?」
仁方さんが作り置きしてくれていたカレーの鍋を温めながら、後からキッチンに姿を現した冬哉に問う。
「え、別に。朝斗くんと一緒にご飯でも食べようかなと」
―――こいつの胡散臭い態度がまた気に入らない。
この貼り付けたような笑顔が、ついこの間までの自分を見ているようで、尚更苛つかせるのだ。
「…嘘つくなよ」
(大方、玄関の靴で察したんだろうが)
俺の言葉を笑ってかわし、冬哉が言った。
「明日から“修学旅行だから”っすか?」
「は?」
俺が苛立ちを向けると、冬哉がカレー皿を戸棚から出しながら何気ない顔で言った。
「“彼女”連れてきたのって」
こいつの一番気に食わないところは…これだ。
(だからなんで、いちいち優妃を気にかける?)
「お前に関係ない。」
「そうなんスけど。けどなんかやっぱ…勿体ないよなって」
冬哉の言葉に、さらに苛立ちが募る。
「今度言ったら、お前とは今後一切口を利かない」
堪っていた苛立ちを吐き捨てるように、口からそんな幼稚な言葉がついて出た。
(――――ガキかよ…俺は。)
「えー」
冬哉が肩を竦めて言った。
「朝斗くん、あの人絡むとひとが変わるよな」
ああ、ほんと。
余裕がない。
優妃のことになると…全く冷静でいられない。
(…自覚はしてるんだ…)
だけどそれは…今まで自分には無かった感情。
優妃と付き合い始めてから、生まれた感情。
だから止められないし、変えられない。
―――優妃は誰の代わりにもならない、俺だけの“特別”だから。
「彼女に話し掛けるなよ?この間みたいに。」
この間カフェで話し掛けられたと優妃から聞かされその日のうちに「今後は気安く話し掛けるな」と、こいつに忠告した。
―――したのだが。
それでも心配になって今一度、そう忠告する。
俺の知らないところで優妃に話し掛けるなんて…下心以外考えられない。
あの日の一件が、ずっと尾を引いていた。
「はいはい。…あ。“この間”と言えば俺、あの時は引いたよ」
(あの時?)
冬哉は俺が気にしているこの間の話をし始めた。
「ほら、そん時ッスよ。カフェで美人な女と“彼女”が修羅場ってて。」
(は?…修羅場?)
そんな話は初耳で…俺は驚いて冬哉を見た。
冬哉は何を思い出しているのか、笑いを噛み締めるように続ける。
「“彼女”がさ、殴られても“朝斗さんは渡さない!”みたいなことでかい声で言ってて。…まぁ、見た目地味でおとなしそーなのに必死になってたのにはウケたけど」
(なんだ、それ…)
胸が苦しい。目の前が暗くなる。
「優妃が…?」
喉を締め付けられたように声が上手く出てこない。
(知らない…)
――――殴られた?誰に?
「あ、これ言っちゃダメなやつか?―――ま、いっか。口止めはされなかったし。」
冬哉がそう言いながらスプーンを口にくわえ、ダイニングテーブルへカレーを運び、座る。
どうしていつも…。
そうやっていつも…。
―――俺の知らないところで。
(優妃…?)




