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「翠ちゃん!明けましておめでとう!」
冬季講習授業は自由参加で、一年生がクラス関係なく大教室に集まって行うものだ。だから大教室に入り、すぐに翠ちゃんに会えてホッとして、頬が緩む。
「おめでと。その顔は、上手くいったんだ?」
ニヤニヤしながら翠ちゃんが言った。
「えっ?―――…あ、うん…」
一瞬何が“上手くいった”のか分からず戸惑ったけれど、すぐに意味が分かってかあぁっと顔が熱くなる。
「良かったねー、私も頑張って選んだ甲斐があったってもんだわ」
「あ、ありがとう…?」
というかお願い!
そんな目で私を見ないでください…。
なんかすごく、恥ずかしい…。もう、勘弁して…っ!
嬉しいけど、照れ臭くて私は反応に困る。
「だけど優妃が、ねぇ…。うん、…なんかキラキラしてて、綺麗になったよね」
「え、そ、そう?」
頬に手を当てながら、私は照れてますます顔が熱くなる。
「ま、それは冗談だけど。」
(あ、冗談…なんだ)
「―――そういえば、優妃パパと早馬先輩会ったりしたの?」
さらりと話題を変えた翠ちゃんに心底ホッとした。冗談だったのは、悲しいけど。
そしてパパがなぜ突然話題になったのかと考えた。
(ああ…そっか)
年末年始はパパが唯一会社に縛られない連休だと冬休み前にきっと話していたからだ。
――――冬休み前は例年通り家族で過ごすものだと思っていたから。
「うん。会ったんだけど、パパね…」
私は元旦の昼過ぎ、朝斗さんと香枝家に帰った日の事を思い出した。
「どうだった?初彼連れてこられた時の優妃パパは」
パパが私を溺愛していると母から面白おかしく聞かされていたからか興味津々な表情で翠ちゃんが身を乗り出して聞いてくる。
だけど別にパパは、私にベタベタしてくるわけでもないし、朝斗さんに怒鳴り付けるとかいうこともなかった。
無かったけど…。
「一緒に遅めのランチしたんだけど…パパ、無言ですごく感じ悪かったの!大人気ないと言うか…」
―――朝斗さんが挨拶しても「ああ、どうも」とか目も合わせないで素っ気なかったし、本当最悪だった…。
「はは。そっか。まぁ、パパの気持ちもわかる。」
「なんで分かるの翠ちゃん!」
「うん?なんでかしらね」
そんな他愛もない話をしていたところに、二人の女子が近付いてきて翠ちゃんがそちらに視線を向ける。私もつられて翠ちゃんの視線をたどり顔を上げると知らない子達が私を睨み付けていた。
「香枝さん」
「は、はい」
(わ、私?何かしたかな?この席もしかしてこの子達の席だった?あれ?でも補講は自由席だよね…?)
椅子から立とうとした時、一人の子が言った。
「たまきから早馬先輩奪うなんて、最低ね」
「………ぇ?」
たまき…って…
朝斗さんを奪う…って?
私が?
「突然フラれたってたまき、泣いてたんだけど。香枝さんは胸が痛まないの?」
「てかさ、他人の彼氏とるとか、どういう神経してるの?」
(そんな…―――)
久しぶりに、グサリグサリと言葉が突き刺さった。
ずっと幸せで。
幸せすぎて、上ばかり見てた。
浮かれすぎて周りが見えてなかった。
…忘れていた。
(―――恋すると、この痛みも伴うってこと…)
「ちょっと、」
黙ってうつむいた私の代わりに翠ちゃんが口を開いた。
「…何言ってるの?早馬先輩が別れたのは…――」
「逢沢さんには関係ないでしょ?」
「そーよ、黙ってて。私たちは香枝さんに聞いてんの」
翠ちゃんが庇ってくれたのは嬉しかったけど、二人の怒りは私に向けられている。
(何か、言わなきゃ…。説明…しなきゃ)
そう思うのに、口が開いてくれない。
その時、隣でブチッと何かが切れる音がした、…気がした。
「はぁ?てかそんなに好きで悔しいなら取り返せば?まぁ、無理だけど」
(み、翠ちゃん!?)




