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「新年早々、嫌な奴に会ったな」
初詣の帰り道、朝斗さんがぼそりと言った。
「“嫌な奴”って、ひどいです…」
「冗談だよ」
朝斗さんは私の言葉に、真顔でそう返した。
(冗談に、聞こえないですよ?)
――――だけど…、以前ならもっと怒ってたのに。
朝斗さん、少し雰囲気柔らかくなった…かも?
それに、拗ねてるみたいでなんかかわいいな。
「朝斗さん」
「ん?」
「もしかして―――…ヤキモチですか?」
私が笑って朝斗さんを見上げると、朝斗さんが少しムッとした顔をした。
「…嬉しそうだな、優妃」
「ふふ。はい、嬉しいです」
ヤキモチ焼かれたら以前は、気まずくて、誤解なのにって焦って、訂正するのに必死だったけど。
今はお互い、心に余裕ができたのかな?
拗ねたような朝斗さんの顔が嬉しい…なんて。
(なんか、愛されるって実感しちゃう。)
朝斗さんの家に戻ると、なんだか急に疲れが出た。
「凄い人でしたよね、毎年人の多さに酔っちゃいました」
コートを脱ぎながら、私は苦笑いでそう言った。
「ソファーに座ってたら?」
「うん…」
はぁーとため息をつきながらソファーに寄り掛かって座り、リラックスしていると朝斗さんの視線を感じた。
(ん?)
「どうかしました?」
「今、“うん”って言ったな」
「え?…あ、すみません!!」
(私、疲れてて無意識にタメ語だった!)
ソファーから身体を起こして、私が謝ると、なぜか朝斗さんも慌てた。
「いや、責めてない責めてない!なんか…ドキッとしたんだ」
「へ?」
(“ドキッと”?―――どうして?)
「もともと、名前も慣れたら呼び捨てでいいって言ってたんだし。―――折角だし今年から敬語もやめようか」
朝斗さんの突然の提案に、私はビックリして疲れも何処かへ飛んでいった。
「え!?でも…それはちょっと」
(難易度が…―――)
笑顔でやんわり断ろうとすると、朝斗さんが表情を少し曇らせた。
「琳護にはタメ語なのに俺には敬語ってなんか壁、感じるんだけど?」
「え゛?」
(そ、そんな…。)
「…ダメ?」
なに然り気に上目づかいしてるんですか!
キュン死にしますよ、もう…っ!
目をそらすと、私が座っていた上から覆い被さるようにして、ソファーに手をついて朝斗さんが顔を近づけた。
「優妃、呼んでみて?」
「ええっ、むむ無理で「タメ語で」
「―――無理だよっ」
プイッと顔を背けながらそれだけ言うと、朝斗さんが口元を手で隠しながら少し離れた。
「やばい…」
(え?今の、どこが“やば”かったんですか?)
朝斗さんのドキッとするポイントがやはりわからず、首をかしげてしまう。
「優妃、キスしてもい?」
「は、―――うん…」
はいと言いそうになって、慌てて言い直す。
朝斗さんがゆっくりと顔を近づけてきて、私は自然と瞼を閉じた。
チュッと音をさせて、唇に軽くキス。
触れたかどうかも分からないような…遠慮がちなキスだった。
(あ…れ?)
「…―――終わり、ですか?」
「え?」
「え?」
朝斗さんの驚いた顔を見て、私も驚く。そして、今自分が何を口走ったのか…考えて思考がストップした。
(え?今、私…―――なんて言った!?)
自分のとんでもない発言に気づいて慌てて手で口を押さえる。
「や、何でもないんです!ごめんなさい…」
「ほらまた。敬語」
「“何でもない、ごめん”…」
朝斗さんに指摘されて、改めてそう言い直したけど、それどころじゃない!
私、物足りないみたいな反応しちゃってた?
というか、もっとしてくれみたいに聞こえた?
―――欲求不満みたいじゃない?…私っ!
恥ずかしくてうつ向いていると、朝斗さんが私の頬に手を添えて微笑みながら言った。
「じゃあ。無理になったら、言って?」
「――――え…?」
私が顔を上げると、すかさず朝斗さんが唇を奪う。
そしてゆっくりと味わうように舌先を私の口の中へと入れていく。
「ん…」
(朝斗さん…大好きです…。大好き)
私―――…今、怖いくらい幸せです。




