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『優妃って、本当に…―ー』
そのあとに続く言葉は一体なんだったのだろう。
「あら、お帰り優妃。ちょうど今部屋にねー―」
「あ、うん。ただいま」
玄関で靴を脱いでプールの荷物を洗濯しようと洗面所でぼんやりと水着を洗っていると、母親が声をかけてくる。
「ちょっと優妃、聞いてるの?」
「あ、うん聞いてるよ…」
先輩が私に会いに来てくれた。先輩の家から私の家までどのくらい遠いんだろう。
思えば私は、先輩のことをなにも知らない。
名前とクラス、文化祭の委員長ということぐらいしか知らない。
そうだ、誕生日!先輩の誕生日すら知らないんだ。
そんなことを考えながらぼんやりと部屋のドアを開ける。と、目の前に飛び込んできたその人の存在に、私は頭が真っ白になる。
「身の程を知りなよ」
「…―――一琉…」
一琉が私の部屋にいた。私のベッドに腰掛けて、苛立っているような表情を浮かべていた。
「優妃、まさかあの男が本気で優妃のこと好きだと思ってる?」
「出てってよ…」
どうやって入ったのか、なんて聞かない。どうせいつも通り、にこやかに母親に挨拶して待たせてもらったんだ。
見た目が可愛らしい、女の子みたいな容姿だからなのか、私の母親は安心しきっていて、女友達にでも接しているかのように一琉を私の部屋に勝手に入れるのだ。
「あいつは僕みたいな“優しいお人好し”な人間じゃないよ?さっきの態度、見ただろ?」
「先輩は、優しいよ」
視線を落としたまま、手に力を込める。
(先輩は…一琉より、ずっと優しいよ…)
「騙されてるんだよ、優妃」
ギシッと音がして視線を上げると一琉がベッドから降りたところだった。
「あいつ、優妃のこと何も知らないじゃないか」
「それでも、」
一琉のペースに呑み込まれないように、勇気を振り絞る。
「私はー―――私が、先輩を好きなの」
(だから、良いの。自分の気持ちに嘘をつくより、よっぽど…―――)
私は先輩が好き。例え先輩が私のことを本気でなくても、私が、先輩を好きなのだ。
「あっそ。じゃあもう、僕は知らないよ」
「え?」
いつになく、あっさり引き下がる一琉に、私は拍子抜けする。
「でもそんなこと言って優妃、優妃が傷付くだけなんだからな」
「ありがとう、心配してくれて」
「心配なんてしてないよ。優妃って本当にオメデタイ頭してるね」
一琉がうんざりしたように呟きながら部屋を出て行く。
「はい。これ返す」
そして、去り際に翠ちゃんのシュシュを手渡してくれた。本当はこれを返しに待っていてくれたのだろうか?そう思う私は“オメデタイ”やつなんだろうか?




