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「朝斗くん、彼女いたのねぇ。まぁいるわよね、あんなに格好良いんだもの。―――あ、優妃ちゃん、って呼んでもいい?」
「あ、はい・・・」
恐縮しながらそう返事をして、私はふと思った。
(なんで私、ここに居るんだろう…?)
病室と同じフロアーの奥まったところにある、古くてこぢんまりとしたカフェに連れて来られた私は、謎の女性と向い合わせで座っていた。
「ふふ、私のこと誰だって思ってるわよね」
「あ、すみません…」
(やっぱり顔に出てますよね、ごめんなさい…。)
「私は仁方多恵子。早馬さんとお付き合いしてる者です」
「えっ…?」
私は口をポカンと開けたまま、絶句した。
(ど、どういうこと…っ?)
「ああ、朝斗くんではなくて、お父さんの方ね」
「あ、そうでしたか…。…っ!」
慌てて手で口を押さえてみたが、時すでに遅し。
(私、心の声が口から出てた…っ!恥ずかしいっ)
取り合えず、朝斗さんではなかったことにホッとしてから、あれ?と違和感に気付き、もう一度何と言われたのかを頭の中でリプレイした。
あれ、今、朝斗さんではなくて…――――。
(お、お父さんと付き合ってる??)
「あはは。そうだよね、びっくりよね。この歳で」
「なんか、すみません…」
(私って…どうしてこう…顔に出ちゃうかな…。もぉ…)
落ち込む私に、仁方さんがまた笑う。よく笑う人だなと思った。
「いいのいいの!分かってるから。―――それにしても、朝斗くんに彼女かぁ…」
(ああ…マジマジと見られてる…!)
私も仁方さんに笑顔を作ってみたけれど、引き攣ってしまい、苦笑するはめになってしまった。
気まずくていたたまれずにいると、カフェに一人の男の子が入ってきた。
(誰か探してるのかな?)
背は高くて大人っぽい。
(もしかしたら私より年上なのかもしれないな。)
周囲を見回すその男の子をぼんやりと眺めながら私はそう思っていた。するとその子が、なぜか私の方にズンズン向かってきた。
(え、なんで?こっちに真っ直ぐ向かってきてるっ)
「母さんっ」
(えっ!?)
その声に、仁方さんは後ろを振り返る。
「ちょっと冬哉!恥ずかしいから大きな声出さないでよ」
「そっちがお見舞いに来いって呼んどいて居なくなるからだろ!探し・・・誰?まさか、この子が俺の?」
怒ったように仁方さんと話しながら、向かいに座っていた私に気が付いたらしい。
私に目を向けると、冬哉さんはじっと凝視しながら言った。
(え?何?何なんですか?)
「違う違う!…ん?違わないのかな?」
仁方さんが笑いながら私を優しい眼差しで見つめる。
(だから、何がですかっ?)
「どっちだよ!・・・おい、ボヘッとしてないで挨拶ぐらいしろよ」
冬哉さんが、またじっと見つめて言った。なぜか、上から目線な口調だった。
(え?“おい”ってもしかして…私に言ってます?)
「こら冬哉!この娘さんは…」
仁方さんが私のことを話そうとした時、
「ここにいたのか、優妃」
朝斗さんがやって来た。
(あ、少し息切れしてる。―――…もしかして、ずっと捜してくれていたのかな…)
「仁方さん・・・」
朝斗さんが私のところまで来て、向かいに座っていた仁方さんに気付き、驚いたように目を見開いた。
「あ、…朝斗くん。ごめんなさいね、彼女さんここに誘ったの、私なの…」
仁方さんが申し訳なさそうに、そう説明してくれた。
「いえ。―――いつも父がお世話になってます。それに先日は・・・失礼しました…。」
朝斗さんが丁寧に頭を下げる。
(朝斗さんと、顔見知りだったんだ?)
私は二人のやり取りを黙って見ながらそう推察した。
「とんでもない!」
「これからも、よろしくお願いします」
笑ってオーバーに手を振る仁方さんに、朝斗さんがそう言って微笑んだ。
「え…?」
仁方さんは、驚きのあまり表情から笑みが消えた。
「―――父から、聞きました。来年再婚されるんですよね?」
(え?)
「あ、え?でも…、朝斗くんは良いの?」
「父が幸せなら、僕は言うことありませんから」
(え?)
「え、ちょっと待って母さん」
私と同じように話についていけていない様子の冬哉くんが、話に割って入った。
「まさか、この人が…?」
信じられないような目で、隣に立っていた朝斗さんを見ながら冬哉さんが呟いた。
「うん。早馬さんの息子さん、早馬朝斗さんよ」
仁方さんがそう言うと、冬哉さんは少し後ずさって言った。
「マジかよっ!?」




