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恋してるだけ   作者: 夢呂
第二十八章【新たな問題】
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【朝斗視点】190

父を前にしたら、全く冷静でいられなかった。


花瓶を取りに行くように言われて、あの言い方が気に入らなくて、腹が立っていた俺は、黙って病室を出てナースステーションに向かった。

そして怒りに任せて歩いていて、ふと気が付いた。


(優妃を、病室に置いてきてしまった!!)


心細いだろうに、なんで気が付かなかったんだ!

自分の感情に振り回されて、大切な優妃を…父と二人にしてしまうなんて…。

自分を責めながら、ナースステーションまで早足で向かった。


急いで病室に戻ると、父と優妃は何かを話していたようだった。

優妃の目が、潤んでいるように見えた。


だが、俺が持っていた花瓶を見た優妃はすぐに、それと父の手元にあった花束を手に持ち病室を出て行こうとした。


「じゃあ俺も…「朝斗さん、私は大丈夫ですから、ねっ?」

慌てて優妃の後を追おうとした俺を、振り返った優妃は微笑んで言った。


“大丈夫ですから”が、“私はちゃんと傍にいますから”に聴こえて、俺はピタリとその足を止めた。

“ねっ?”と、微笑んだ優妃の表情には“頑張って下さい”と言っているようだった。



「お前、あの子のことが本当に好きなんだな」


優妃が病室から出ていくと、父が笑いながら言った。それは別に、からかうようなものでは無かった。


(フレンドリーに接したつもりだったのか?)

父の考えていることが分からない俺は、何も言えないでいた。

じとっと、手の平が嫌な汗で湿ってきた。



「・・・もう来ないかと思ってたよ」

父は、自嘲気味に笑った。


―――確かに、二度と行くかと思った。あの時は。


「朝斗、この間はすまなかったな。突然再婚の(あんな)話をして」

「・・・・」


父は、こんな柔らかい話し方をする人だっただろうか?こんなに長く話をしたのは、いつぶりなのか?いや、初めてかもしれない。


「父さんはずっと仕事ばかりで、お前には苦労かけたとは思っているんだ。だけどお前は何でも出来る子だからと安心していた…」

その言葉に、俺は黙っていられなくなった。


「違うだろ…、そう思っていれば楽だったからだろ?」

自分でも驚くほど、皮肉めいていて苛立ちがこもっていた。


―――こんなこと、言うつもりなんて無かった。

言ったところで何も解決しないのだから。

だからずっと…もう長いこと…諦めていたはずだったのに。


「朝斗・・・」

父が、表情を曇らせた。

「やはり…勘違いしてないか?お前が、俺にとってどんな存在なのかを」

「は…?なんだよ、今さら。俺は要らなかったんだろ?母親を殺したのは俺だって。顔も見たくないって。そう思ってたんだろ?」


小学生(ガキの頃)にでも戻ったようだ。

こんな事、言うべきじゃない。

そんなのは、頭で考えれば分かるのに。

感情的になったって仕方のない事なのに。


「朝斗、それは全部間違っている。お前は俺の、俺と母さんの…大切な…かけがえのない息子だ。」


父の言葉に、耳を疑った。


(なんだ・・・それ)

間違ってる?どこが?

“大切”?俺が?

“かけがえのない”?俺が?


「確かに俺は…父親として最低だった。家事もできないから他人(ひと)を雇ったし、そのためにはお金が必要で。だから仕事して、働いて、お金を稼がなくてはならなくて。」


(聞きたくない…)


「夜、仕事を終えて帰ればお前は寝ていたし。学校ではいつも褒められていたから安心していた。

だからお前と話をする時間がなくても、大丈夫だと思っていたんだ。

――――だからどう思っていたのかなんて考えたこともなかったんだ…―――お前が家を出て行くまで。」


(聞きたくなかった…)


「“自分は要らない存在だ”とか。俺に心配かけまいと常に完璧でいようとしていたなんて、ずっと気付かなかった俺は…父親失格だよ。」


(そんな言い訳なんて、聞きたくないんだよっ)


悪者でいてくれた方が良かった。

俺は、この人を憎むことでしか感情を保てなかったから。

なのに、なんだよ。

俺の17年間は、なんだったんだよ…。

自分を偽って、周りを騙して、平気なふりをして。

それは全部、無駄なことだったってことかよ…。



「朝斗。本当にごめんな。これからは、仕事も落ち着くから…」

「ふざけるなっ」


なんだよ、それ。

俺が悪いのか?

勝手に勘違いしてた俺のせいか?

愛なんて欠片も、感じさせなかったくせに。


「今さらだろ…っ」

(だったら…)


もっと小さいときに甘えさせて欲しかった。

寂しくて泣いていた時に、気付いて欲しかった。


「朝斗、ごめんなぁ…本当にごめん。」

父の泣く姿を、今日初めて見た。


こんな風に、憎まれ口しか利けなくなる前に。

“自分”を押し込めてしまう前に。

助けてくれたら良かったのに…手を差し延べてくれても…良かったのに。


「もう一度、やり直したいんだ。“家族”を」

父が、涙を拭いながら言った。


父は、こんなに肩幅が狭かっただろうか?

こんなに…小さかっただろうか?




『やり直したい』


それは、俺も同じだ。

俺は、もう逃げずに向き合うと決めた。

そのために、今日来たんだ。


『知りたいです、朝斗さんのこと』


彼女が、向き合う大切さを教えてくれたから。

彼女のおかげで、気付けたから。


(今はただ…本当の“自分”を取り戻したい―――。)


こんなガキみたいに、駄々を捏ねる自分も。

幼い頃から“人に甘える事”を押し込めていた自分も。

―――…間違いなく、俺の一部だから。



「―――父さんの再婚相手…どんな女性(ひと)?いつ、結婚するつもり?」

「朝斗・・・?」

俺の言葉に、父は言葉を詰まらせた。


「再婚―――…しても、良いのか?」

「良いも何も、父さんが結婚したいと思ったんだろ?」


俺が目をそらしてそう言うと、父は笑った。

そしてまた泣いた。


―――父が涙もろいなんて、今日初めて知った。

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