188
病室の扉の前で朝斗さんが、コツコツとドアをノックした。
「…どうぞ」
ドアの向こうからそんな少し小さなめの声が聞こえてきた。すると、朝斗さんは静かにそのドアを開けた。
「朝斗っ!」
―――病室は個室だった。朝斗さんの後をついて入った瞬間、なんの仕切りもなく私は朝斗さんのお父様とご対面となった。
朝斗さんの姿を見た瞬間、お父さんはベッドから少し身体を起こし、少しだけ取り乱した声で朝斗さんの名を呼んだ。まるで全て、思わずといった感じで。
でも、朝斗さんの後ろから顔を覗かせた私の存在に気が付いて、お父さんは少しだけ目を見開いたあと穏やかな笑みを浮かべた。
「―――もしかして朝斗のガールフレンドかな?」
ああ、朝斗さんのお父様だ!
当たり前のことを思いながら、私は慌てて頭を下げた。
「初めてまして、か、香枝優妃です。」
噛んだ…っ。またやってしまった。
なんでいつもこう、決まらないかな私は…。
「初めまして、早馬朝斗の父です。こんな姿で恥ずかしいな」
私が噛んでしまったことには触れずに、お父さんは照れ臭そうにそう挨拶してくれた。
(あれ?なんか・・・・思ってた印象とだいぶ違うような…)
朝斗さんのお父さんの笑顔は、安心するような温かいものだった。
「あ…!えと、こちらこそ突然すみません!あ、あのこれ」
笑った時の目元は朝斗さんに似てるんだなぁとか、見とれていた私は、目の前のお父さんにじっと見つめられていることにハッと気が付いて、慌てて抱えていた花束とゼリーの詰め合わせの箱菓子を差し出しながら言った。
「あぁわざわざありがとう。―――朝斗、すまないが、ナースステーションで花瓶を借りてきてくれないか」
快く受け取ってくれたお父さんが、朝斗さんを見て言った。
「は?花瓶ならそこにも…――「入りきらないし、お前の彼女の花は、新しい花瓶で飾りたいんだよ。・・・頼む」
朝斗さんの不機嫌そうな声を無視して、お父さんが強引にそう言った。
「あ、それなら私が」
私が外せば、二人は話しやすいよね、と思って私は部屋を出ようとした。
「いやいや、客人にそんなことは頼めないさ。なぁ、朝斗?」
穏やかに、諭すような声でお父さんがそう言うと、朝斗さんは黙ったまますぐに病室を出ていった。
(朝斗さん・・・)
心配になりながら目の前で閉まったドアを見つめていた私に、お父さんが言った。
「改めまして。早馬夕斗、…朝斗の父です」




