おまけ【母と娘】
「お母さん!」
朝斗さんを見送ってから家に入ると、母はキッチンで食器を片付けていた。
「あんなふうに家族のこと色々聞いたりして、失礼でしょ!?」
「あら、そうかしら?」
どうして、うちの母は…こんなあっけらかんとしているんだろう。
私は寿命が縮む思いだったのに。
「まぁ、そうね・・・。母親がいないっていうのは…寂しいでしょうね。早馬くん、ああ見えて色々苦労してるのね」
(“ああ見えて”って・・・)
お母さんに、朝斗さんはどう見えたんだろう―――。
(なんて―――本当は言われなくても分かってる。)
母の目に、朝斗さんはどう映っていたのか。
だって、彼に初めて会ったときの第一印象は、皆同じだと思うから。
そして、――――同時に思い出してしまった。
私が初めて朝斗さんを見た時の、あの時の気持ちを。
教室の窓から見える校庭に友達といた彼を、クラスの女子達がキャーキャー騒いで見ていた時。
私もそれにつられて、何気なく窓の外を見た…あの時。
なんて格好良くて、素敵な人なんだろうって。
彼だけが周りとは別世界みたいに輝いていて、眩しくて。
まるで、初めて本物の芸能人に遭遇した時のようにドキドキ鼓動が高鳴るのを知ったのも、この時で。
手の届かない人を、眺められるだけでドキドキして嬉しくて…。それだけで幸せを感じていた。
“早馬朝斗先輩”は、いつだって皆から注目されていたし、いつも余裕の表情で周りの期待に応えていた。それが、当然であるかのように。
(――――だからこそ、今、私は)
朝斗さんが私を頼ってくれたり、余裕のない表情を見せてくれると、こんなにも嬉しい。
そして何より、こんな私を好きだと言ってくれることが…本当に幸せで。嬉しい。
(あぁ…幸せ過ぎて!!どうしよう、もぉ…っ!)
リビングで一人悶えていると、片付けを終えた母が私の隣に来てソファーに座った。
「それにしても、優妃が…ねぇ」
「な、何?」
何か言いた気にニヤニヤしてる母に、私は少しびくつきながら訊ねた。
「別に?―――あ!浮かれてるのは分かるけど、避妊だけはしっかりしなさいね?」
「ひ、っ!!」
私は驚きのあまり、息を思いきり吸い込んでいた。
何を言い出すのかと思ったら!
あぁ、朝斗さんの前で言われなくて、良かった!
って、そうじゃないよね!?
「何よ、その反応。今更でしょ?」
「ちょ、お母さんっ!」
本当にっ!
どうしてそんなこと聞くかな、うちの母は!
赤面してうつ向いたままの私に、今度は母が驚いている。
「え、まだなの?なんだ、嘘ついてお泊まりなんてするからそうだと思っちゃうじゃないの」
「――――も、もぉ黙っててよ!」
「はいはい。早馬くんも、優妃に合わせてくれてるのね。…可哀想に」
「お母さんっ?」
お願いだから、もうその口閉じてくれないかなっ?
「でも優妃なら、早馬くんを飽きさせないかもね」
「え?」
母がそんなことを言うなんて意外で、私は真顔になって母の方を見た。
「ほら、美人は三日で飽きるって言うじゃない?」
母はにっこり微笑んでそう言った。
―――そうでした、母はこういう人でした。
(…なんで聞き返しちゃったんだろう私・・・)




