182
「…優妃には情けないところばかり見られてるよな」
暫くしたら落ち着いたのか、母の出したお茶に初めて手を伸ばして、少し口に含ませた後に、朝斗さんがポツリと言った。
「え、そんなことないですよ?」
手に持っていたお茶を飲んでいた私は、慌てて顔を上げて答える。
「というか。私は、そんな朝斗さんが見れるとすごく嬉しいです!」
「?」
朝斗さんがえっ?という顔をして私を見つめる。
(…なんでこんなにいちいち素敵なんだろうなぁ…朝斗さんて。)
見つめられるだけで、心臓がドキドキ加速する。なんだろう、何かの魔法にかけられたんだろうか?
私は恥ずかしくなって、視線をお茶に落として早口で答える。
「だって…。知らない朝斗さんの顔を見れるなんて、私だけが朝斗さんを独占してるって実感できて…。これって最高の贅沢じゃないです・・・か」
(うわ…また、油断した…)
最後の語尾が遅れたのは、うっかり顔を上げたら朝斗さんが、ふわりと笑ったから。
「・・・そっか」
反則です、それ!!!
不意打ちで、特別甘い笑顔を向けてくるなんて。私をキュン死にさせるつもりなんですかっ?!
私はそんな文句のひとつでも言いたかった。
(なんて、―――…言えるわけないけど。)
「俺さ。保健室で優妃が…抱き締めてくれたとき…すごく嬉しかった」
「えっ…」
驚いて顔を上げると、照れたような朝斗さんの顔が目の前にあった。
(どうして、突然あの時の話を…?)
私が今どれだけ心臓がドキドキ煩いとか、心拍数がとんでもないことになってるとか、朝斗さんは分かってない!分かってたら、相当な意地悪ですよ!?
「朝斗さん・・・。でもあの時“好きにならなきゃ良かった”って…」
目をそらしながら、そんなかわいくない事を言ってしまった。
ドキドキさせられっぱなしなのがなんだか悔しくて、ささやかな反抗をしたかったのと、…照れ隠しがその理由。
あれ、かなり傷付いたんですからね!と拗ねたふりをして言うと、朝斗さんが少し困った顔をした。
「あぁ…ごめん。…言ったかも」
口許を隠して、朝斗さんが呟いた。だけど、声色は優しくて、嬉しそう。
「朝斗さん、笑ってません?」
そう言って朝斗さんを見上げる私の頬も、緩んでいる。
今となっては、気にしてない。
というか、今が幸せ過ぎて、すっかり忘れてたぐらいだ。
「だってずっと苦しかったんだ…。別れてからもずっとこの気持ちが消えないから…」
「朝斗さん…」
朝斗さんが愛おしいものを見るように私を見つめて、そっと手を伸ばしてくれる。
(あぁ、好きだなぁ。本当に、夢みたい…)
愛おしい人に、同じように愛おしいと思ってもらえている幸せ。
私の頬にそっと振れる朝斗さんの手に誘われるように、私は朝斗さんにゆっくりと顔を寄せていった。
(夢ならどうか、醒めませんように…………)
「ただいまぁ」
玄関から母の声がして、私と朝斗さんは弾かれるように身体を離す。
(夢、ではなかったけど・・・・)
「あら。…あらあら?お邪魔だったかしらね?」
動揺のあまり不自然な立ち位置になっていた私に、リビングに顔を覗かせた母が笑う。
(夢ではなかったけど、現実に引き戻された!もぉ…お母さんのせいで…っ!)




