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「ちょっ、―――あぁ、どうしよう!」
突然お母さんが前屈みになって、苦しみだした。
「お、お母さんっ?」
「優妃、救急車…っ」
私と朝斗さんは、慌てて立ち上がる。でも、次の瞬間、母は、顔を覆って言ったのだ。
「早馬くんがイケメン過ぎてっ!ときめいちゃうわっ!」
「「―――・・・え?」」
私と朝斗さんは、顔を見合わせてしまう。
(なんで、母がときめくのよ…っ)
いや、気持ちは分かるけど。私もちゃっかりときめいていたわけだし。
だけど、お母さんっ!?恥ずかしすぎるって。
「あー、やばい。やばいわ…」
暫くそう呟いていたが、深呼吸したら容態が落ち着いてきたのか、咳払いをして取り繕うように母親面をした母が言った。
「わざわざ、交際宣言をしに来てくれたのね。私があんなこと言ってしまったから。――――…もう高校生なんだもの、恋愛くらいするわよね。私も自分の高校時代を棚に挙げて、優妃にも貴方にも厳しく当たりすぎてた…ごめんなさい」
「お母さん…」
お母さんがそんなふうに言ってくれるなんて、思わなかった!
私はホッとしながら、朝斗さんの方をチラリと見る。朝斗さんも、ホッとしたように微笑んで私を見つめていた。
「優妃のこと、よろしくお願いします」
そう言って朝斗さんに頭を下げた母に、朝斗さんも頭を下げたので私もつられて頭を下げる。
「って、これってなんだか、嫁に貰われるみたいね」
顔を上げた母がそう言って笑った。
「あ、そのご挨拶は改めて、また数年後に伺います」
「「・・・・」」
朝斗さんがさらりと言った言葉に、私と母は目を丸くしてしまう。
「え?朝斗さんっっ?」
驚いて朝斗さんの方を向くと、朝斗さんが悪戯な微笑みを浮かべて耳元で言った。
「本気」
(ほ、本気…って!!?)
朝斗さんの魅力的な声が、私を瞬殺する。
慌てて耳を押さえたけれど、耳から全身が熱くなっていくのが分かった。
「あらあら、若いって良いわねぇ」
そんな私の様子を、愉しそうに母が笑って見ていた。
「あ、そうそう!優妃。もう、嘘はつかないこと。これだけは、守って。いいわね?」
「あ。…はい」
「心配かけるようなことはしないで。あと、信用を無くすようなことも、ね」
「はい。ごめんなさい」
「文化祭の時は、本当にすみませんでした」
朝斗さんも一緒に謝ってくれた。
朝斗さんが頭を下げたので、私もまた、つられて頭を下げる。
母は、安心したようにふぅと一息ついてから言った。
「じゃあこの話はもうやめましょ?早馬くん、今日はこのあと予定でもある?無かったら、一緒に夕御飯でもどぉかしら?」
「えっ!?」
(ちょっと、急すぎるって!迷惑だって!)
母の突然の提案に、私は驚いて声が出てしまった。
「特に予定は…。ご迷惑で無かったら、ご一緒させてください」
「えぇっ!?」
(朝斗さんっっ??)
さっきより大きな声が出てしまった。
「良かった!よし、じゃあ今日は特別頑張るわ!早速買い出ししてくるわね」
「お気遣いなく…」
母の張り切る声に押されて、朝斗さんの声が遠慮がちにリビングに響いた。
多分、せっかちな母の耳には届かなかったと思うけど。
「うちのお母さん、常に一方的で…!すみません、本当に…っ」
バタンと玄関のドアが閉まった音がして、私は我に返るとすぐに朝斗さんに謝った。
「――――あの…?朝斗さん?」
朝斗さんがソファーに礼儀正しく座ったまま動かないので、私はそっと顔を覗き込む。
「あ、ごめん。――――緊張し過ぎて、今になって…震えが」
そう言う朝斗さんの手は、確かに微かに震えていて。
私はそんなレアな姿の朝斗さんが愛おしくて、ふふっと笑みがこぼれてしまった。




