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(どうしよう・・・)
家の近くまで来たら、なんだか心拍数が上がってきた。
母と言い合いをして家を出てから、まだ自分からは何の連絡もしていなかったからだ。
(あっ!)
そうだよ!
朝斗さんが突然現れて、夢みたいな展開になって、浮かれすぎて、すっかり忘れていたけどっ!
私にはまず、やるべきことがあったんだ!!
朝斗さんに告白する前に、やるべきことが!
「…優妃、どうかした?」
私の心の声が聴こえてしまったのか、朝斗さんが心配そうに顔を覗き込んでくれる。
それだけでキュウゥ…っと胸が締め付けられてしまう。
あぁ、好きだなぁという気持ちが遠慮なく溢れてしまうから困る。
(って、そうじゃなくて!)
「朝斗さんっ。私・・・謝らなきゃいけないことがあります」
私が意を決してそう告げると、朝斗さんは少し目を見開いた。
「…何?怖いな・・・」
「あの…、うちの母のことです」
「優妃のお母さん?」
「文化祭の日に、お母さんが酷いこと言って…“別れろ”って言ったんですよね?―――ごめんなさいっ!…私、知らなくて」
私は立ち止まって頭を下げる。でも、繋がれた手は、離されることはなかった。
「あぁ、そのことか。」
朝斗さんが小さく笑って言った。
「はい…。朝斗さん、そのせいで別れようって言ったのかなって…思って」
「うん。・・・でも、良いんだ」
「え?」
“良いって、何が…”と聞こうとした私は、目の前からやってきた彼の存在に気が付いて、口を閉ざす。
(・・・・一琉)
「優妃っ」
一琉は私の姿をとらえると、駆け寄ってきた。
「夜なのに、外も暗いのに、家飛び出すとか、バカじゃないの!?」
一琉が言っているのは昨日の夜のことだ。私が母と言い合いをして、そのまま家を飛び出したから。
(心配、してくれたんだ・・・)
「――――ごめん」
一琉にぽつりと謝り、顔を上げると一琉は朝斗さんを睨み付けていた。
「それで?――――なんだ、やっぱり・・・戻ったんだ?」
「・・・・一琉、あのね」
私が説明しようとすると、一琉はそのまま横を通りすぎた。
「おばさん、心配してたよ?」
私を見ずにそれだけ言うと、一琉はコートに両手を突っ込んだまま、家とは反対方向に歩いていった。
「―――…朝斗さん、ここで大丈夫です。」
そんな一琉の背中を振り返って見つめながら、私は朝斗さんに言った。
もし、今ここで朝斗さんとお母さんが会ってしまったら。
お母さんが、朝斗さんに酷いことを言うかもしれない、とか。
(お母さんときちんと話をしていないせいで、いまは不安しかないから。)
離そうとした私の手に、朝斗さんがぎゅっと力を込めた。
「朝斗さん?」
驚いて顔を見上げた私に、朝斗さんが真剣な目をして言った。
「優妃。少しだけ、寄らせてもらってもいいかな?」
「えっ?」
「優妃のお母さんと、話がしたいんだ」




