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「昨日はごめんね、朝早くから呼び出したりして」
「・・・いえ」
私は鞄に仕舞っていた朝斗さんの家の鍵を紫さんに返しながら答えた。紫さんは鍵を受け取りながら私の姿を上から下までじっと見ていた。そして、一拍置いて言った。
「っていうか、優妃ちゃん昨日と同じ服じゃない?どっか朝帰り?」
「あ、朝帰りっ!?」
紫さんが変な聞き方をするから、驚いて声が裏返ってしまった。
「って、友達の家に急遽泊めてもらっただけです!」
慌ててそう説明すると、紫さんが笑った。
「へぇ…」
「っ!!そんなことより、朝斗さん風邪大丈夫でしたか?もう熱下がりましたか?」
(あの後―――三浦さん、呼んだのかな?)
情けないことに、どうしても彼女の存在が気になってしまう。そしてそれを考えると切なくなる。
(だからそれは、怖くて聞けない―――…)
「あぁ、うん。すっかり良くなってたわ。後は咳くらいかな」
「ごめんなさい、途中で放棄してしまって…私…」
看病を放棄したことへの罪悪感なのか、三浦さんのことがつらくてなのか分からなかったけど、私は何となく紫さんに合わせる顔がなくてうつ向いてしまった。
「優妃ちゃん」
紫さんの強めの声に、私は恐る恐る顔を上げた。
「朝斗に、何か言われたの?」
「・・・え?」
「上手くいくと思ったのに、ったく朝斗…」
険しい表情をした紫さんが独り言のように、ボソリと言った。
「え?」
「いや、また朝斗が変なこと言って、傷付けちゃったのかと思って。――――違った?」
「違います。私が…」
『ごめん…――――もう…帰ってくれ』
まだ耳に残ってる、大好きな朝斗さんの声。
『俺だけが特別じゃないのは…分かってる。でも…――好きなんだ…』
それがいま、なんで勝手に――――頭の中で再生されるんだろう。
(あぁ……ダメだ)
「私が一方的に、自分の気持ちをぶつけて迷惑かけてしまったんです…それで朝斗さんに…」
『…――好きなんだ…』
朝斗さんの…あの時の…切なく、愛おしい者をよぶ声を思い出してしまう。
(――――胸が締め付けられる…)
思い出したら、切なくなって声が途切れた。
そんな私を、やっぱりと言うように、はぁと深い溜め息をついて紫さんが見つめていた。
「優妃ちゃん、」
「紫さん、私…」
紫さんが何か言おうとした時、私も口を開いていた。
ずっと宙ぶらりんのままだった私の心。
朝斗さんには今、三浦さんがいて。
二人は上手くいってると聞かされてたから。
だから…私の“好き”は、どこにも行き場がなくて…自分の中にずっとくすぶっていた。
(でも、)
『だって先輩、あんたと付き合ってるときはあんたしか見えてなかったし』
(でも、)
『早馬は香枝と付き合ってる時の方が幸せそうに見えたな』
でも…――――先生や翠ちゃんの言葉に、勇気をもらったから。
『素直になれずにいたらタイミング逃すぞ香枝』
『頑張って』
(だから、私…――――後悔したくない)
勇気を振り絞って、まるで告白の練習をするように…私は素直な気持ちを紫さんに告げた。
「私…、今でも朝斗さんが好きです」




