【翠視点】3~文化祭一日目~
「おい、翠。三組の木下ってやつが、ちょっと話したいことがあるとか言ってたぞ。今行けるか?」
クラスの男子にそう言われたのは、文化祭一日目のことだった。
「え?今?」
「店なら大丈夫、人も少ないし。そんな時間とらせないってさ。行ってこいよ、どうせ告白だろ?」
からかうように男子がニヤニヤしながら私を小突く。
(うわ、うぜぇ…小学生かよ)
内心そう思いながらも、私はその男子に言った。
「…行かないわよ。そんな人知らないし」
優妃をいま、一人には、したくないから。
早馬先輩の演劇が終わるまでは…―――。
そう思っていたのに…。
「行ってきて、翠ちゃん!私なら大丈夫だから」
(え…優妃・・・)
優妃の、そんなキラキラした目を見たら、行かないわけにはいかなくなった。
優妃は、その呼び出した方の“勇気”だとか“想い”だとかをきちんと聞いてあげて欲しい、向き合ってあげて欲しいと思っているに違いないから。
彼女はそういう子だから。
“純真無垢”という言葉は彼女のためにあるようなものだと常々思う。
(――――私とは、違って…ね)
私にはもう無いから。
気付いたときには、もう持ってなかったから。
だからこそ、優妃には大切にして欲しい。
優妃は、そのまま優妃らしくあって欲しい。
(もはや、親心だな。)
「何か?」
呼び出された場所へ行くと、三組の木下くんが確かにそこにいた。
「あのさ、逢沢さんって彼氏とかいる?いなかったら、付き合わない?」
「います、だから付き合えません。すみません」
私は無表情のまま、そう答えた。
彼も私がそう来ると分かっていたのか、顔色ひとつ変えなかった。
話が終わったようなのですぐに優妃のもとへ戻ろうとした私に、引き留めるようにわざとらしい咳払いをしてから木下くんが言った。
「っていうか、さ。あの、―――噂で聞いたんだけど…セフレ募集してるってマジ?もしマジなら俺…」
また、だ。
私は一体、誰にそう仕立てられたのか。
たまに告白されたと思ったら、セフレの誘い。
あり得なくて、鳥肌が立つ。
そんな、酷いわっ。
私、そんな女じゃないのに…っ。
とかって女々しく泣いて見せたりすれば信じてくれるのだろうか?
(全くめんどくさいこと、この上ないな…)
「―――私、ビッチじゃないんだけど」
睨み付けてそう告げると、木下くんはごめんと小さく謝って立ち去った。
先輩と中学の時、付き合ってたから?
過去に何人かと、付き合ったことがあったから?
中学までは長かった髪を、わざわざ短くしてボーイッシュな雰囲気にしたら、以前よりは告白されなくなった。
だけど、そんな噂が何処かで流れていて…私は知らない男子からあぁいう告白を高校に入ってから何度かされていた。
(同年代の男なんか、絶対にナイし)
「こんなとこで一人で何してるんだ、逢沢?」
そんな先生の声で、私は我に返った。
「・・・先生こそ。暇なの?」
(見られてた?まさかね?)
動揺を隠しながら、無表情を装おう。
「なんで?これが暇そうに見えるの?逢沢」
「見えます」
即答でそう返したら、先生が軽く笑った。
「酷いな。っていうか、なんか…機嫌悪くないか?なにか怒ってる?」
(“怒ってる”?いや、違う。)
―――悲しくて、虚しいだけ。
「怒ってませんよ、これが普通です」
「ふは。」
私が無表情のまま、そう言うと先生は噴き出した。
それに私は若干いらっとしたけど。
「何…」
「いや、確かに。そうだよな」
何か勝手に一人で納得してません?
っていうか、なんで笑ってんのこの人。
私が不快な表情を作るより早く、それは降りてきた…―――。
「これでこそ、ミーちゃんだ」
そう言いながら、大きな手が私の頭を撫でた。
それは卑怯なことに不意討ちで、…衝撃だった。
「・・・・」
この手を、払い除けなかった自分に…。
心地好いとすら感じた自分に…、私は驚いていた。




