【翠視点 】1~花火大会~
『翠、今から花火大会行こう?』
久しぶりに琳護くんから着信があったのは、花火大会当日だった。
「行くわけない。先約あるし」
そう言うのが、やっとだった。
心臓の鼓動が驚くほど速い。
『ふーん、じゃあ待ってるな!いつもの所で』
―――そこで通話は切れた。
「………バカじゃないの?」
そうスマホに呟いている私はもっとバカだ。
待ち合わせ場所に向かいながら、私は優妃に電話した。
『翠ちゃん、どうしたの?ちょうど今ー―――』
「ごめん、今日行けなくなっちゃった。透子と皆で楽しんできて!」
優妃が言い終わるのを待てず、私はそう言った。
ドキドキしてた。
嬉しさと緊張で…変なテンションだった。
―――…今度こそ素直になろう。
同じ高校に入ったら、今度は私から告白するって。
素直になるって、決めていたから。
だけど……―――――
待ち合わせ場所に行くと目の前の彼は…――。
「あ、琳護先輩だー!」
「ここで何してるんですかぁー?」
彼は、やっぱり女の子達に囲まれていて。
その場に行ける勇気なんて持っていない私は…、その場から離れることしか出来なかった。
躍らせていた心が萎んでいく。
「かーのじょ、一人?」
「めっちゃ綺麗だねー!君いくつ?」
「これから花火大会?俺らと一緒に行かね?」
知らない男たちに突然そんな風に話しかけられた。
それだけで、すごく惨めで…虚しさが募る。
「………」
バカじゃん。
何やってんの、私は…。
ひたすら歩きながら自分の弱さに、イライラする。
「おい、シカトすんなよ!」
「ちょっと!離してください」
突然その知らない男に腕を掴まれて、私は立ち止まった。
触んないでよ、なんなの。
マジで…ほっといてよ…っ!
助けてよ、琳護くん…――――。
「俺の女に、何か文句ですか?」
そんなときに私を助けてくれたのは…――――、
担任教師の高梨和人先生だった。
高梨先生は背が高い。
微笑んでそう問いかけていたのに、見下ろされているからか、かなりの重圧を感じる。
男たちもそれを感じたのか、すぐに退散していった。
「で、ここで何やってるの逢沢」
溜め息をついて、先生が言った。
夏休みに同じ高校の、しかも担任に会う確率ってかなり低いはずだよな…と思いながら私は一応礼を言う。
「何でもないです。ご迷惑おかけしました」
今日はオールバックじゃないんだ…、髪、サラサラだったんだなぁ…この人。
っていうか、眼鏡もないから一瞬誰か分からなかったし。
頭を下げなから、そんなことを思っていた。
「相変わらず、素直じゃないんだなー」
「え?」
先生の笑い声が頭上から降ってきて、私は顔を上げる。
髪型や眼鏡がないから…ってだけじゃなくて。
口調が…いつもと違う。
フレンドリーで、なんだか…――――。
「ミーちゃん、俺のこと忘れちゃった?」
「………え?」
(み、ミーちゃん???)
「昔はカズくんカズくん言って懐いてたのになー」
カズくん?
カズくんって…近所のお兄ちゃんだった…?
あのー―――…?
「みどりっ」
過去の記憶を思い起こそうとしたその時、後ろから声がして振り返る。
「……琳護くん」
「誰だよ、そいつ…。彼氏か…?」
走ってきた琳護くんが、隣にいた高梨先生を見て眉を潜める。
「…だったらなに?」
(あぁ…。何言っちゃってるの…私―――)
素直になるどころか、変な嘘まで吐いてるし。
「翠…彼氏いたのかよ…」
「もう、別れたんだからいたって問題ないじゃない」
(違うちがう!私、そんなこと言いたかったんじゃなくて)
ダメだ。
やっぱり…言えない。
素直になれない。
あの一言が、言えない。
それどころか…。
「…行こう、カズくん」
私は高梨先生の腕をとってその場から逃げた。
琳護くんが“カズくん”が同じ高校の教師だと気づいていなかったことを利用した。
(うわ、もう…死にたい…!)
穴があったら入りたいレベルじゃないし、これ。
どうして、あんなことを言ってしまったの私っ。
「ミーちゃんの彼氏かー。光栄だなぁ」
心のなかで項垂れていた私は、そんな呑気な声がして我に返った。
(は?彼氏?)
「なに言ってるんですか、あんなの…」
ハッタリですよと言おうとした私に、彼は静かに微笑みかける。
「あれ?今の話だと俺はミーちゃんの彼氏なんだよね?」
「違います。っていうか、先生いつもとキャラが違いすぎます」
「そりゃ学校の俺は君にとってただの担任教師だからな。―――でも今日は違う、」
「え?」
私が呆然としていると、高梨先生が愉しそうに笑って言った。
「幼馴染み、だろ?」
「――――え?」
悪戯っ子みたいな顔で笑う彼に、不覚にもトキンと心臓が跳ねた。
「さてと。話合わせたついでに、本当にこのまま付き合おうか?」
「…先生、それって言っちゃダメな冗談です」
…チャラい。
恐ろしく爽やかに、この人何言い出すんだろう。
「せっかく感動の再会を果たしたのに、随分冷たいんだなぁ。ま、ミーちゃんらしいけど」
「…その呼び方、やめてください」
その呼び方、違和感ありまくりだし。
なんか、くすぐったい。
「ミーちゃんが素直になれるまで、付き合うよ?」
ニコッと笑って高梨先生が言った。
というか、さっきから会話が成立してない。
「なにそれ…冗談、ですよね?」
「冗談の顔に見える?」
見えると即答したかった。
だけど、先生の瞳は真剣で。
正直、私は戸惑った。
「なん、で…?」
「幼馴染みのひねくれミーちゃんが素直になるのを、近くで見届けたいから、かな」
「………は?」
そんな訳のわからないことを理由にされて、混乱した私は、その日…――――その話にどうケリをつけたのか覚えていない。




