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「翠ちゃん…まだ起きてる?」
布団に入ってからしばらくして、私は隣にいる翠ちゃんにそっと、声をかけた。
「―――どした?眠れない?」
翠ちゃんが優しい声で、気遣うように言った。
(…眠れないというか…なんだろう、もっと話してたい…)
「翠ちゃんは…どうして…彼氏さんと別れちゃったの?」
夕食のときに聞いてから何となく気になっていた、その理由を、ふと聞いてみたくなった。
「あぁ…。――――向こうに本命の彼女いたから」
「え…」
翠ちゃんの声がなんだか切なくて…私は絶句してしまう。
「なんてね、嘘。―――限界だったから…じゃない?」
「限界?」
明るく“嘘”だと言った翠ちゃん。
だけど、それが“嘘”ではないことぐらい、分かる。
(限界って…翠ちゃん…何があったんだろう)
「私の話なんて聞いても、意味ないよ」
「そんな、意味ないなんて…っ」
これ以上は聞かないでと言わんばかりの口調に私は寂しさを覚える。
(私には、なんでも話して欲しいのに……)
きっと翠ちゃんは大人だから、お子ちゃまな私じゃ話しても意味ないってことだよね…。
そんなふうに自己解決して勝手に落ち込んでいると翠ちゃんが言った。
「…そんなことよりさ。優妃は、早馬先輩が好きなんでしょ?」
「………」
“うん”と素直に頷いてもいいのか、諦めた方がいいのか…と考えていたら返事するタイミングを逃してしまった。
「早馬先輩、きっとすぐに三浦さんと別れるよ。」
「えっ?」
翠ちゃんがあまりに突拍子もないことを言うから、私は驚いて布団からガバッと上半身を起こす。
「別れる」
「なんで…言い切れちゃうの?」
もう一度断言した翠ちゃんに、私は本気で“なにか予知能力でもあるのかな”と思いながら恐る恐る訊ねる。
「何となく」
(な、何となく…ですか…)
「だから優妃、もう一回早馬先輩と話したら?」
(もう…一回?)
翠ちゃんは、こちらを見ることなく言った。
「落ち着いてから一度、二人で話すべきだと思う」
(…そんな機会、あるのかなぁ…)
「優妃?」
「うん?」
さっきから翠ちゃんの話に耳を傾けていて、自分がずっと黙っていたことに今、気付いた。返事をした私に、翠ちゃんがこちらを向いて言った。
「私、いつか優妃には…全部話す。でも今は話せない…。ごめん。―――…けど、優妃が頼りないとかそういう訳じゃないから。」
「翠ちゃん…」
「いつか、聞いてくれる?」
「もちろんだよ」
私がそう言って微笑むと、翠ちゃんが照れたように反対側を向いて言った。
「今日はもう眠いから寝るわ。おやすみ」
「うん。おやすみ」
その日、私は夢の中で朝斗さんに会った。
優しく微笑む朝斗さんに幸せで胸が一杯で、―――とにかくふわふわな夢だった。




