【翠視点】170
「誰かさんみたいに、素直になれずにいたらタイミング逃すぞ香枝」
そう言いながら高梨先生が私へと視線を向ける。
(――――この男、どこまで分かってて…?)
突然私に爆弾を落としてきた先生に、私は反論せず黙ったまま、無表情に努めた。
素直になれずにいるのは、分かってる。
このままだと、ダメだってことも―――…。
「…さてと、帰るかな」
食べ終わったお皿を一緒に片付けてくれて、一段落ついたところで先生が言った。
「え、帰っちゃうんですか?」
優妃が、名残惜しそうな声を出す。
「香枝、そういう台詞は早馬にだけ使いなさい」
「えっ?」
「………」
優妃の肩に手を置いて、高梨先生が爽やかにとんでもないことを言った。優妃はポカンとしたまま動かなくなった。
(まぁ…どういう意味かは、優妃には分からなかったみたいだけど。)
「楽しかったよ。葵さんに起きたらよろしく伝えといてな。」
「はいはい。ではどうぞ、帰ってください。」
リビングのドアを先に開けて、帰るように促す私を先生が愉しそうに見下ろしている。昔からバスケットマンだったからか、背はかなり高い。
(見透かされてるみたいで…なんか、ムカつく)
「ミーちゃんの安定したひねくれ顔も見れたし、これから大人の付き合いがあるからね」
(彼女か…)
そう考えたらチクンと心が痛んで、そんな自分に私は苛立つ。
(って、私には関係ないじゃん…バカか)
「あぁほら…不貞腐れないのミーちゃん。」
クスッと笑みをもらして、先生が少しかがみこむように私の顔に顔を近づける。
「“別れた”んだろ?―――彼氏とは」
耳元でそう囁いて、先生は玄関へとスタスタ向かう。
「っ!!」
バッと耳を塞ぐ私を横目で見ながら、口の端を上げてニヤリと笑うのを私は見逃さなかった。
(こいつ、こいつ、コイツー!!)
「じゃあな、二人ともメリークリスマース。来週の冬期講習忘れんなよー」
ヒラヒラと手を振りながら、先生は帰っていった。
「うっさい!!はよ帰れ!」
それぐらいしか言い返せなかった私は、やっぱりガキだなぁと思った。




