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「せっかくだし、今日は楽しみましょ~」
二本目のシャンパンを開けながら、翠ちゃんママが言った。
「葵さん、飲みすぎじゃないですか?」
「何言ってるの、こんなんじゃ全然酔わないわよ!それよりカズくん、もっと飲みなさいよほら」
「僕を酔わせてどうするつもりですか葵さん」
「ふふふ。やだぁ、カズくんたらぁー」
シャンパンを飲みながら、大人二人がなにやら楽しそうにしているのを横目に、私と、翠ちゃんはシャンメリーで乾杯した。
「それにしても翠ちゃんと、高梨先生が幼馴染みだったなんて…ビックリしちゃった!」
「そうだね、私も驚きだわ」
(翠ちゃん、なんだか目が…死んでる…よ?)
「だよなー。俺も驚いた!まさかあの幼かった翠ちゃんが、高校生になってるとはな。…俺も25になるわけだよな」
いつの間にか、私と翠ちゃんの間に入るようにして、高梨先生がしみじみと言った。
「入ってこないで、お母さんとよろしくやっててください」
「ひでーなぁ、みーちゃん…」
翠ちゃんの冷ややかな目に、上目遣いでそう言ってふざけてわざといじけてみせる高梨先生に…私はただただ唖然としていた。
高梨先生と翠ちゃんが幼馴染みっていうことにも驚きだったけど、それより私が驚いていたのは…高梨先生のイメージが、学校の時の先生とあまりにかけ離れているからだった。
高梨先生は、数学の先生で…爽やかで、顔も整っていて、背も高くて、男子バスケ部の顧問。
だけど、これだけの条件が揃っていながら女子生徒にあまりモテないのは、学校では恐ろしく無口で無表情でクールなイメージだったから。
しかも、髪とかも今日みたいにラフな感じではなくてわざわざワックスでがっちりオールバックにしているし、眼鏡をかけているから、実年齢よりも歳上に見えた。
(何もかもが学校の時と違いすぎていて、とても同一人物に思えません…先生。)
「そういえば、昨日楽しかった?クラス会」
先生がまた翠ちゃんママと飲み始めた時、ふいに翠ちゃんに聞かれて私は昨日を思い出す。
「あ…うん。でも、翠ちゃんも一緒ならもっと楽しかったかな」
「カラオケでしょ?私、苦手だから。」
「え、意外!もしかして、昨日来なかったのって場所がカラオケだったから?」
「うん。」
「そっか…私はてっきり彼氏さんと予定があるのかと…」
私が照れながらそう言うと、翠ちゃんが少し困った顔をして微笑んだ。そしてポツリと言った。
「ごめんごめん。言ってなかったね、別れたって」
「えっ!?」
(別れた…翠ちゃんも…別れちゃってたんだ…)
「なんか…ごめんね」
辛いことを言わせてしまった罪悪感で、私はそう呟く。
「なんで優妃が、謝るのよ」
「そうだよ、悪いのは男の方だろ?」
またしても、先生が私と翠ちゃんの間に突然ヌッと顔を出すから、私は驚いてビクッとなってしまった。
「て、だから会話に入ってこないでくださいよ!お母さんとあっちでよろしくやっててくださいってば!」
先生の背中を押して、翠ちゃんが追い返そうとする。
「いやいや、これでも俺は心配してんだぞ。ミーちゃん、昔から男見る目無いから」
「“昔から”言うな」
死んだ目をして、翠ちゃんがツッコんだ。
「あれはいつだったかなー、ミーちゃんが五才の時だったかな?“カズくんあたしとケッコンして”って突然のプロポー…「バカじゃないのっ?」
ニヤニヤしながら話し出した先生の言葉の途中で、赤面しながら翠ちゃんがすかさずツッコんだ。
だけど、話のほとんどは既に聴こえていて、私は驚いて翠ちゃんと先生を交互に見る。
「えっ?翠ちゃん、先生に…」
「優妃、それ昔の話だから。てか私、覚えてもないから!」
必死な形相で翠ちゃんがそう言うので…私はコクコクと黙って頷いた。
それを愉しそうに見ながら、先生はさらに続ける。
「それはそれは可愛い顔して睨み付けてきてねー」
(え、睨み…―――?睨んでプロポーズ?)
私が五歳の翠ちゃんが睨みながらプロポーズする場面を思い浮かべようとした時、翠ちゃんの怒号でそれは阻止された。
「まだ続けんのかっ?てか、そんなの先生の妄想でしょ?私はそんなこと言ってない!!」
「素直じゃないよなぁ、昔から」
クスクス笑う先生を、睨み付ける翠ちゃんがなんだか可愛らしい。いつも大人びている翠ちゃんが、なんだかすごく…身近に感じた。
そんな翠ちゃんに、先生は微笑んで言った。
「早くしないと、手遅れになるよ?教えただろ?恋はタイミングだって」




