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「優妃、電話貸して?」
逢沢家に着くと、玄関先で翠ちゃんが言った。
「え、なん「いいから、貸しな」
「…はい…」
有無を言わさない口調に、私はおとなしくスマホを渡す。
翠ちゃんは、ささっと指で操作してどこかに電話をかけ始めた。
「あ、もしもし。逢沢翠です。いつも仲良くさせていただいてます。」
(いったいどこにかけてるんだろう?)
そんな疑問は、次の瞬間消えた。
「今日なんですけどうちに優妃さん泊めても大丈夫ですか?」
(あ…――――自宅に?)
「はい、全く。突然で申し訳ないです――…はい。では失礼します。」
「翠ちゃん、もしかしてお母さんに?」
「うん。これなら安心してもらえるでしょ?」
はい、とスマホを手渡しながら、翠ちゃんが言った。
「やったー!優妃ちゃん今日は本当にお泊まりしてってくれるの?」
翠ちゃんのお母さんが、私達のやり取りを聞いていたのか喜びの声をあげて玄関先にやって来た。
「あ、すみません突然」
「いいのいいの!女の子が増えると楽しいもの」
いつ見ても明るくて、美しくて若々しいママだなぁと思う。
(翠ちゃんはお母さんに似てるんだな…まったく性格は違うけど。)
呑気にそんなことを思っていると、翠ちゃんママがニコッと微笑んで言った。
「そういえば、この間私がアリバイした彼とは上手くいってるの?」
思いがけずドキーッと心臓が反応する。
「―――…えっと…」
「お母さん!それ今デリケートな話題だから触れないでやって」
「あらあら。青春ねー!!ま、今日はクリスマスなんだし楽しくやりましょ!!」
「はい」
翠ちゃんママの言動に圧倒されながら、私は笑って頷いた。
『ピンポーン』
夕御飯の支度をお手伝いしていると、家の呼鈴が鳴った。
「翠、出てちょーだい」
「はいはい、」
ダルそうな声で翠ちゃんが玄関へ向かう。
「こんばんはー」
お客さんは、男性の声だった。
(―――誰だろう?)
私がそう思ったとき、翠ちゃんの声が聴こえてきた。
「ちょ、なんで来てるんですか?帰ってよ…っ」
「ちょっと翠!お客様になんて口の訊き方してるの?」
翠ちゃんママが慌てて玄関へと向かう。
私は、つられてキッチンからチラッと玄関先に顔を出す。
(あれ?――――どこかで…)
と、考えているとその人と目があった。
「あぁ、香枝もお呼ばれ?」
(え、なんで私のこと…――――え?)
私にニコッと微笑んでその人が言った。
その瞬間、私は少し分かった気がした。
あれ?
知ってる…人、だ。
顔にかかる黒い前髪を横に流して、爽やかな顔立ち。だけど今、眼鏡をしていないだけで…。
この人は…―――!
「あぁ、そっか。優妃ちゃんも今、カズくんが担任だもんね」
翠ちゃんママが私とその人を見て、気が付いたように笑う。
私のクラス担任の先生は、確かに高梨和人って名前だけど。
「か、カズくん?」
私が唖然としていると、高梨先生が不思議そうに私を見てから翠ちゃんに言った。
「あれ?翠ちゃん、香枝に話してなかったんだな」
「み、“ミーちゃん”?」
「ちょっとやめてよ、その呼び方!!」
さらに唖然としてしまう私と、怒ったような翠ちゃんの声はほぼ同時だった。
「なんで?今日は“教師”としてじゃなくて、“幼馴染み”として招かれたんだけど?」
私と、翠ちゃんの反応を楽しむように、高梨先生がニッコリと笑う。
「えっ!?えっ…えぇ?」
私の驚きの声が、逢沢家に響いた…。




