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「できた!」
クックパッドを見ながら初めて作った卵粥は、我ながら上手く出来て思わず頬が緩む。
私はそれを、溢さないようにトレーの上に乗せて朝斗さんの部屋へと運んだ。
「ありがとな。…いただきます」
ベッドの上で少し体を起こして、朝斗さんが出来立て熱々の卵粥をスプーンで掬い、口へ運ぶ。
私はそれを、ベッドの下で正座してドキドキしながら見守っていた。
「うん、美味しい…」
朝斗さんがそう言って、私に微笑んでくれた。
「良かったぁ…」
私も安心して、思わず笑みがこぼれる。
人に手作りの料理を食べてもらうなんて初めてで。
その初めての相手が朝斗さんで…幸せだと思った。
「――――温まるし…沁みる…」
朝斗さんが何か小さな声で呟いた。
「え?」
私が朝斗さんに聞き返すと、朝斗さんは寂しそうに小さく笑った。
「――――俺さ…子供の頃から一度もクリスマスとか…サンタとか…無縁だったんだ」
突然ポツリとこぼれた、朝斗さんの過去。
「“一度も”…ですか…?」
「うん、一度も。」
驚いた私に、朝斗さんがまた…寂しそうに微笑む。
「小学校の時、“良い子にしてるとサンタがプレゼントくれるんだ”って友達から聞いて…毎年…密かに期待してたんだ」
手元の…お粥の入った取っ手付のスープボウルに視線を落としたまま、朝斗さんは続ける。
「でもやっぱり何もなくて。“あぁ、今年も自分は良い子じゃなかったんだな”…って、子供ながらに納得してた…」
(そんな…っ)
幼いときの朝斗さんの姿が、あまりにも可哀想で…私は聞いていて泣きそうになった。
その時、ふっと朝斗さんが顔を上げて、私の目を見て言った。
「でも、今年――――初めてサンタが来た…」
「え?そうですか!良かった!!」
(―――今年は来たんですね…。朝斗さん嬉しそう…)
私が明るくそう言うと、朝斗さんがふっと口元を緩ませて笑う。
「うん…ありがとう」
「?」
(――――どうして、私にお礼なんて…?あ、お粥のことか!)
「どういたしまして」
ふふっと得意気に笑う私に、朝斗さんが少し困ったように、笑って…言った。
「香枝さん、これ以上ここにいたら風邪…伝染るから」
――――それは、私が今一番…恐れていた言葉だった。
「帰って?俺はもう、大丈夫だから」
甘い空気が、一変して。
まるで魔法が溶けたシンデレラみたいに。
私は現実を突き付けられた。
(嫌だ。嫌です…どうして?急にそんなこと…)
「香枝さん?」
「帰りたくないです…っ、私、」
駄々をこねるように、私は声を荒げて言った。
(せっかく以前みたいに話せたのに…それにこのまま帰るなんて…)
「困るよ…。風邪…伝染…」
帰るように説得しようと言いかけた朝斗さんの唇に、そっと自分から唇を重ねた。
お粥を手に持っているから、身動きとれないのを良いことに。
「私…馬鹿だから、うつっても平気です。それに、他人に伝染した方が早く治るって言うじゃないですか」
…私は必死に、理由を探した。
今、朝斗さんの唇に触れてしまった理由を。
でもやっぱり私は“馬鹿”で。
私の言葉は、まったく意味を成していなかった。
「――――そんなの全部迷信だよ。それに、言ったよな…俺には今、“彼女”がいるん「朝斗さん、今、ここに居るのは…私です」
私は朝斗さんの言葉を…聞きたくなくてわざと遮った。
「私だけ…だから」
声が震える。泣きそうになる。
分かってます。
こんなの、自分に都合の良い言い訳で。
三浦さんに最低なことをしてる。
朝斗さんを困らせてる。
(だけど、今だけでも…――――私だけ見て……?)
「だから、私に。伝染してください…」
指で…そっと朝斗さんの頬に触れる。
吐息のかかるところまで…顔を近づけて。
―――それでも私を、拒絶しない貴方に。
「優…」
私はまた、キスをした。




