【朝斗視点】15~文化祭二日目~
優妃は昨晩俺の家に泊まった。
紫という邪魔が入ったのは気に食わなかったが、あの時紫が帰ってこなかったら、俺は多分止めることが出来なかった。
そういう点では、紫が帰ってきてくれて助かったと思わざるを得ない…。
(危なかったからな…あれは―――)
昨晩のことを思い出すのは、優妃に会いたくなるからやめていた。
(やば…思い出すな…っ)
俺は昨日、硬直する優妃と同じ布団で寝た。
本当に眠れるとは思ってなかった。優妃を抱き締めて、眠れるはずがないと。
なのに驚くことに、優妃を抱きしめただけで睡魔に襲われた。連日の疲れが全て無くなるかのように、俺は昨日深い眠りについていた。
そして今朝から優妃の可愛い寝起き姿まで見れて―――。
この上ない幸せな気持ちに、地に足がついていない感覚を味わっていた。
――――アイツに出会すまでは。
文化祭二日目。
見廻りをしていた時、正門の近くで俺は偶然、帰るところの牧 一琉に会った。
「あの、写真一緒に撮ってもらっても」
俺の目の前で立ち止まった一琉に、うちの女子生徒たちがそう声をかけた。
「出来ればあのぉ…早馬先輩も」
「や、俺は…「消えろ、失せろ、ウザい」
俺が愛想よく断ろうとする横で、一琉が冷ややかな目をしてそう言い放った。
(こいつ、優妃の前と態度変わりすぎだろ…)
女子たちは案の定、半泣きで走って行ってしまった。
「―――ご機嫌ですね、早馬先輩」
「………」
(――つか、なんでまたこいつが南高に?)
自然と眉間に皺が寄る。
「昨日の夜、優妃とずっと一緒だったから、ですか?」
「だったら何?お前には関係ないよな」
―――お互い睨みあったまま、動かない。
「相変わらずムカツク人だな。」
(同感。)
俺がそう思っていると、一琉が突然思い出したように口を開いた。
「――――あ、僕は来週、優妃を借ります」
「は?」
「別に、“ただの幼馴染み”だったら、良いですよね?」
にこやかにそう言う一琉が、ますます憎たらしい。
「いいわけないだろ、誰が行かせるか」
(こいつ、マジでうぜぇ…)
「あ、そうだ。知ってました?“イチゴ”とかいうやつも後夜祭に呼び出して優妃に告白するらしいですよ?良かったですね邪魔者が次々いなくなって」
話をそらすように、一琉が早口でそう言った。
「………一、護?」
その言葉に、胸がざわつく。
(一護が告白…?なぜ今になって…?)
俺は激しく動揺していた。
動揺していて、そこから先の一琉の言葉を聴き逃していた。
「―――だけど早馬先輩の今までの噂、あまりに酷くて引きました。彼女がそんなたくさんいたなんて…やっぱ最低だったんだな」
(優妃が…もし一護に気持ちが傾いたら…?)
「優妃のことも飽きたら捨てるつもりなら…僕は「…一琉くん?」」
一琉の声を遮ぎるその声で、俺は我に返った。
そして俺と一琉が振り返るのは、ほぼ同時だった。
(――――あ、優妃の…)
「おばさん…」
その人物を目にした瞬間、一琉が呟く声が聞こえた。
「あなた、昨日うちの優妃と…って…本当なの?」
優妃の母親が、怒りを抑えているかのような表情で俺を見る。
(―――最悪だ…)
まさか優妃の母親に、聞かれていたなんて。
昨日嘘をつかせたことがバレてしまった。
「―――しかも、真剣に付き合ってない?」
「いえ、そんな…「うちの子を無断外泊させて、“遊び”だったなんてあんまりだわ…」
(なぜ?完全に誤解されている…?)
「違います、そんなことは「もともと優妃にはね、一琉くんがいたの。ずっとそばにいて、優妃を大事にしてくれていたのは一琉くんなのに…」
俺は何度も否定しようと、誤解を解こうとする。
だが、口を開くたびにそれは、優妃の母親に激しく遮られてしまった。
(違う。俺は本気で優妃を好きで…)
そうはっきり口にしたいのに、“母親”という存在が俺を畏縮させる。
嘘をつかせた罪悪感からか、優妃の母親にしっかりと言葉を伝えることが出来ないでいた。
「今すぐ、娘と別れてちょうだい。貴方なら他にいくらでもいるでしょ?」
(今、――――なんて…?)
「……そ「一琉くん、もう帰るところ?途中まで一緒に帰りましょ、車で送っていくわ」
“そんなことありません。”そう言いたかった言葉は、またしても消されてしまった。
心が凍りついていく。
うまく言葉が出てこない。
「あ、ありがとうございます」
一琉が優妃の母親に笑顔で応え、二人は俺を振り返ることもなく帰っていく。
『別れてちょうだい』
頭の中で、ずっと響くその言葉。
(嘘…だろ…?)
俺は暫く、その場に立ち尽くしていた。
『別れてちょうだい』
(――――悪夢だ。)
まさか、優妃の母親にそんな誤解をされてしまうとは。
自分がおんなに今までしてきたことへの罰?
それにしてはあまりに酷だ…。
俺から彼女に別れを……なんて…。
無理に決まってる。
俺は未だに、あの幼馴染みにも、一護にも嫉妬してしまうぐらい、彼女を欲しているのに。
(どうしたら…――――)
――――――――
「優妃」
「あ、朝斗さん」
その後ふらふらと歩いていた俺は、廊下で優妃と偶然出会した。
「お、お仕事ですか?」
うつ向き加減の彼女がぎこちない笑顔で言う。
「うん。なぁ優妃、後夜祭…―――」
一護と会うのか?―――そう言いかけて、言葉を切った。
『別れてちょうだい』
あの言葉が、脳裏をよぎる。
「朝斗、時間ないから!早く!」
「そうよ、後夜祭の準備班から至急来るように言われてるんだから」
同じ実行委員の女子達がすかさず俺を急かす。
「あ…。じゃあ優妃、後で連絡する」
優妃の頭を優しく撫で、俺はキュッと上靴の音を立てて彼女の横を通り過ぎた。
頭を撫でたとき、優妃と一瞬目が合った。
(…優妃、どこにも行くな…―――)
そう、言えば…言えたら、良かった。
だが、その時の俺は酷く弱っていて…
…だから、言えなかった。
何でもないふりをするのが精一杯だったんだ。




