【朝斗視点】14~文化祭一日目~(2)
「えと…朝斗さん私そろそろ…」
ソファーに座ってテレビを見ていた俺に、優妃は声をかける。
「あぁ、そうだよな帰らないと。送っていく」
俺の膝の上に座っていた優妃にそう答える。
「ありがとうございます…。」
だが優妃が立とうとした瞬間、俺は反射的に抱き締める腕に力を込めていた。
「―――えと…朝斗さん?」
優妃が戸惑いながら上目遣いに俺を窺う。
「本当は、帰したくないんだ…けど」
優妃を抱き締めたまま、そんな切ない本音を漏らす。
俺を見上げたままピシリと石化する優妃に、苦笑してしまう。
(いや、分かってるんだ。それが無理なことは。だけど…―――)
名残惜しくてつい、ため息をついてしまう。
「正直、優妃から連絡来るまでかなりへこんでたし…まだ、一緒にいたい…。」
「す…「謝らなくていいから」
優妃の「すみません」を素早く阻止して、俺は甘えたことを口走っていた。
我が儘だと分かってる。
俺だけがまたそう思ってることも。
だけど…この想いを手放せない。
優妃とずっと一緒にいたい。
離れたくない。
ここにいて欲しいと。
願ってしまう。
「今日は一緒にいたいって言ったら迷惑だよ…な?」
「朝斗さん…」
困ったように優妃が呟いたちょうどその時、優妃の携帯電話が鳴った。ドキンと心音が跳ねる。
俺が優妃を離すと、優妃は鞄から携帯電話を取り出した。
――――電話は、おそらく親からだろう。
出なよと言うと、優妃は少し離れたところで電話に出た。
夜の8時を過ぎても帰らず、連絡もしていなかったから心配したのだろう。
(そうだ…。優妃には、家族がいる…。心配してくれる親が…。)
当たり前のことなのに、それすら頭になかった。
(俺は、自分のことばかりだな…)
そう反省して優妃を家まで送ろうと支度しようと立ち上がった時、優妃の電話している声が聞こえてきた。
「あ、えっと明日の準備もあって今日は翠ちゃんの家に泊まることになってて…」
(え?逢沢の?)
俺は最初、普通にそうだったのかと思ってしまった。だが、次の優妃の言葉に俺は足を止める。
「えっと、翠ちゃんは今お風呂行ってて…」
(――――!!!!嘘か??)
優妃は今、親に嘘をついた。
ここに、泊まる気で?
(俺が、あんなことを言ったから―――?)
「あ、はい…。ありがとう。…じゃあ」
電話を切ると同時に、後ろから優妃を抱き締めた。
「嘘、つかせた…。ごめんな」
(親に嘘をついたのは、初めてだったんだろ。俺のせいで―――…)
「違います。私が勝手に嘘、ついたんです」
優妃はそう言ってくれたが、俺はそう思えない。
俺が優妃に嘘をつかせた。優妃は今、きっと親に対して罪悪感を感じている。
それなのに、俺は…――嬉しいと思ってしまった。
ここにいてくれることを選んだ優妃に。
嘘をついてまで俺を優先してくれたことに。
「大事にするから…だから…」
自分に言い聞かせるようにそう呟いて、彼女を抱き締める腕に力を込める。
「傍に…」
そう言いながら俺は――――気付いてしまった。
俺は優妃を、束縛していることに。
ずっと閉ざしていた気持ちが一気に溢れ出すように、自分を愛して欲しいと、必要として欲しいと。
―――――居場所が、欲しいと。
「朝斗さん…?」
優妃が俺の様子を窺うように顔を上げる。
俺はそれを隠すように微笑んだ。
「本当に“放っといて”はキいた…から」
そう言う自分の声は、今にも消えそうだった。
(こんな女々しい発言…ダサすぎるな)
だがそれは、本心で。
紛れもなく、本当の俺の気持ちで。
それをあっさり口にしている自分に驚いた。
「私はずっと…朝斗さんと一緒にいたいです。もう離れません!朝斗さんが嫌がらない限りずっと」
(………優、妃?)
ドキンと心音が激しく跳ねた。
不意打ちで、優妃が突然ぎゅっとしがみついてきたから。
「大事にするって言ったあとに、それは狡いよ優妃 」
「え?」
俺は困った表情で、すぐに優妃から身体を離す。
(そんな可愛いことされたら、押し倒したくなる…)
「…―――何でもない」
そう言ったら優妃は絶対逃げ出してしまう。
だから俺はそう誤魔化して、ひとりソファーに座り直した。
―――…呆然と立ち尽くす優妃を置いて。
「“何でもない”って…何ですか?」
立ち尽くしたまま、優妃が言った。
(え?)
「私…なにか狡いことしたんですか?」
(あ…。不安にさせた…か?)
―――だけど、あのままはヤバかったんだ。俺の理性が。
「教えてください、私…朝斗さんのこともっと知りたいです。なんでも、話して欲しいです。だから」
ソファーに座る俺の足元に、優妃が覚悟を決めたような表情で正座した。
「――…っ!!」
(だから、そういうのが…っ)
俺は優妃から視線を逸らし、ため息をついた。
「大事にするからって言っただろ?」
「…はい」
優妃は真っ直ぐに、俺の顔を見上げていた。
“何でもない”ことを、真剣に受け止めるために。
「なのに、優妃はいつも可愛いことばかりして煽るから」
「あ、煽…っ?」
思いがけない言葉だったように、優妃が絶句した。
「抱きたいんだよ、本当はずっと」
「―――――ぇ?」
俺の言葉を理解したのか、かぁぁぁっと顔に熱が集まって、たちまち茹でダコみたいに顔が赤くなった。
「優妃が好きだから。だから早く自分のモノにしたいんだ」
「えと…、私…」
(あぁ、やっぱそうなるよな)
グルグルと目の前が回り始めた優妃に、苦笑する。
「大丈夫。もう無理強いはさせないって決めたから。…―――な?言ったら優妃、俺のこと警戒して、身構えるだろ?だから“何でもない”って言ったんだ」
「すみません…」
優妃はシュンとして俯く。多分俺の言葉の端々に不満が出てしまっていたからだろう。
「いや、分かってたことだし。気にしないで?そのくらい俺は優妃が好きだって分かってくれたら」
俺はそう言いながら、優妃が正座をやめて立ち上がるのを見ていた。
「それでいい―――…」
言いかけた言葉は、思いがけず優妃に奪われた。
(・・・・・・え?)
「こ、これが…」
パッと素早く身体を離して、自分の唇を手で押さえる。
(…――今、優…妃が?――――優妃から……?)
優妃の顔が赤い。
だけど、それよりも。
多分、俺の方が赤い気がする…。
「今は精一杯で…すみません、本当に…」
うつ向いてそう謝る彼女。
(んだよこれ…っ!破壊力半端ねぇ…っ)
「あの…」
俺は暫く思考停止状態だった。
優妃が不安気に顔を上げると視線が絡み合った。
その瞬間、俺は彼女の腕を引いて自分の膝上に乗せる。
(優妃が悪いっ)
「朝…―――っっん」
何か言いかけた優妃の頬に手を添えて、強引に唇を塞いだ。
(俺が言ったこと、何も分かってない優妃が悪い)
そう言い訳しながら俺は何度も彼女の唇を感じていた。止められなかった。
「ん…っ」
優妃もそのうち、それに応えるように…舌を絡めてくる。お互いの気持ちを確かめ合って、伝え合うようなキス。
唇から…交わる吐息から…好きな気持ちが伝わってくる。
キスで、好きな気持ちを伝えることができるんだと、この日俺は初めて実感した。
(やべ…止めないと…これ以上は…やば)
そう頭では分かっているのに、止められるはずもなく。
「朝斗たっだいまー、………ってあれ?あらあら?」
突然、紫が帰ってくるまで俺は彼女の唇を堪能していた…。




