【朝斗視点】13~文化祭までのカウントダウン~(2)
「ちょっと待って、」
俺はそんな声を出さずにはいられなかった。
――――文化祭まで、あと一週間切った。
そんな間近に差し迫ってから、事は起きた。
「えーでも田中くんはもう自信ないって辞退しちゃったし…」
「今から台詞暗記できるのは、朝斗くんだけだもん!!ね、お願い!うちのクラスを救うと思って!」
クラスの女子達に取り囲まれて、なぜかそんな無茶ぶりを頼み込まれるなんて予想出来るわけがない。
「朝斗は実行委員の仕事で忙しいから、気を遣ったんじゃなかったっけ?」
琳護が苦笑しながら横から助け船を出す。
「そんなこと言ってる場合じゃないよ琳護くん!」
「もう、あと一週間ないんだからっ!」
(うわ…もう…めんどくせぇ)
これは、俺が頷くまでエンドレスに違いない。
そう判断して、仕方なく頷いた。
「…分かった、やるよ」
「キャーっ」
「さすが朝斗くんっ!」
「じゃ早速!衣装合わせしよう!」
「ちょっと、メジャーは私が」「や、私がやるから」
「・・・」
(なんでそんなもの取り合うんだ…。)
――――うるさいし、耳障りな声に耳を塞ぎたくなる。
ようやく解放されて、実行委員の仕事をキリの良いところまで進めてから帰ろうとすると、夜の7時だった。
(疲れた…――――癒されたい…。)
そう思ったら、優妃に電話をしていた。
『あ、えっと…もしもし』
「優妃、今大丈夫?」
『あ、はい!大丈夫でず』
“でず”って…噛んでる。
…勢い余って。
可愛い。それだけで癒される。
「そっか、俺は今から帰るところ」
『毎日忙しいんですね…』
もう夜の7時を過ぎていた。
「文化祭まであと一週間無いからな…」
『朝斗さん、声がひどく疲れてるみたいですけど…大丈夫ですか?』
「あぁ…うん。まぁ、…色々あって」
話そうかと思ったが、優妃にロミオを演ると言ったら、喜んで観に来てしまいそうだ。
そんなことを考えていたらなんとも歯切れの悪い返しになってしまった。
『色々?―――トラブルですか?』
そうやって優妃はいつも…
知ろうとしてくれる…
優妃の声を聴いていたら無性に会いたくなった。
「…今から会えない?」
『い、今からっですか?』
焦ったような優妃の声。
「あぁ…ごめん。無理だよな…」
『無理じゃないです、大丈夫です』
その言葉に、胸が高鳴る。
(マジか…言ってみるもんだな…。)
「でも、夜遅いし」
『大丈夫です!どこに行けば…』
(来るのはダメだ。夜遅いから危ない。となると、)
「―――じゃあ俺が優妃の家に行く。いま学校前の駅に着くところだからそっち方面の電車乗るよ」
『え…良いんですか?』
「待ってて」
俺はそう言って通話を切った。
(電車なんて乗らずに一瞬で君の目の前に着けたらいいのに。)
優妃の家の最寄り駅で降りて、俺は逸る気持ちを抑えながら早足で向かった。
(あ…)
俺が気づくのと同時に、優妃の背中越しのあいつ…―――幼馴染みの“一琉”がこちらに気付いた。
一琉は何か話しながら、優妃を見て微笑む。
(優妃…?)
「それに僕はただの幼馴染みなんだから、別に向こうだっていちいち目の敵になんかしないって。そんな器ちっさくないでしょー?」
(なんの話だ?)
一琉は笑顔のまま、視線をこちらに向けた。
「…―――ですよね、早馬セーンパイ?」
(なんの話だか分からなかったが…、とにかく気に入らねぇ…)
「あ、朝斗さんっ!」
振り返った優妃が驚いて声をあげる。
「優妃、また何か言われてた?」
そんな優妃の肩を抱き寄せながら、やつを睨み付けて俺は聞く。
「いえ、何も!一琉、じゃあね」
優妃が早口でそう言うと、俺の腕をとった。
「え、ちょっと優妃?」
驚いて思わずそんな声が出てしまった。
優妃から強引に腕を引いて歩くのは、初めてだったからだ。
気付いた時には優妃の家の玄関まで引き込まれていて、ドアを閉めると優妃は俺の腕を離して何やら一人で安堵していた。
俺は突然のことに、頭がついていかない。
「…―――どちら様?」
ふと視線を上げると、優妃の母親が玄関の前までやってきて呆然と立ち尽くしていた。
俺も驚いていたが、優妃の母親も驚いたように目を丸くしていた。そしてお互い目があったままフリーズしていた。
「突然お邪魔してすみません。優妃さんと同じ高校の二年で、早馬朝斗と言います。初めまして…。」
パニックになる優妃の隣で、とりあえず礼儀正しくお辞儀していつもの王子様スマイルを浮かべて挨拶しておく。咄嗟にここまで作れる自分に、驚いていたが。
「優妃さんとは、お付き合いさせていただいて…「あーっと、朝斗さん、挨拶なんて良いですからどうぞ上がってくださいぃ!!」
ここはきちんとご挨拶をと思った俺の言葉が堪らなく恥ずかしくなったのか、突然優妃はグイグイと二階へ向かうように俺の背中を押す。
「ちょっと優妃っ?」
優妃の母が驚いたように声をかけたが、優妃はそれどころではなさそうだ。
「お母さん、後にしてっ」
そう涙目で訴えながら、二階の自室へと俺を押し込んだ。
「早馬くん、ごゆっくり。」
優妃の母親が、にこやかにそう言ってくれているのを俺は背中で聞いた。
優妃はバタンッと勢いよく自分の部屋に入りドアを閉めるとすぐに頭を下げた。
「朝斗さんっ、すみません突然…!」
「良いけど…。まさか家に入れて貰えると思わなかったから驚いた」
「本当にごめんなさいっ」
優妃の目がなぜか潤んでくる。
「母に挨拶までさせてしまって本当にすみませんっ。」
「挨拶するのは当然だろ?付き合ってるわけだし」
俺がそう言うと、今度は照れている。
「……そう、…ですけど…」
「俺じゃ不満だった?」
「そんなわけないじゃないですか!」
今度は、必死。
優妃が全力でそう言うのが可愛くてクスッと笑ってしまった。
「良かった、優妃のお母さんに挨拶出来て」
優妃の頭をポンと優しく撫でる。
「それに、優妃の部屋にまで入れたし、」
優妃の頬を、優しく撫でる。
「疲れも吹っ飛ぶくらい、嬉しいよ」
「朝斗さ…」
優妃の身体を自分の胸の中へと引き寄せる。
「優妃とこうしてると、すごく癒される」
優妃を抱き締めてそう、そっと囁いた。
「ほ…本当ですか?」
(君はまだ…そんなことを聞くの?)
「本当」
どうか、伝わって…―――
「ずっと、こうしてたいぐらい」
―――俺は、君が好きだと。




