【朝斗視点】13~文化祭までのカウントダウン~(1)
次の日の昼休み、俺は優妃と文化祭実行委員準備室でランチしていた。
「優妃、なんか今日いつもより元気だね」
「え、そうですか?」
口に入っていた食べ物を急いで飲み込んでそう答える優妃が可愛くて、フッと笑ってしまう。
「うん、」
―――少し上目づかいに、優妃の顔を覗き込む。
「なんか良いことでもあった?」
「良いこと…というか」
なぜかそう言いながら、優妃の目が泳ぐ。
「あ…、――――一琉と昔みたいに、仲良くなれたから…かもしれないです」
そう言って優妃は、なにかを思い出したようにクスッと笑った。
「一琉って…あの?」
そう問い掛ける声が、自然と低くなっていた。
優妃はふと顔をあげ、そこで初めてそれが失言だったと気付いたかのように青ざめていく。
「あ、違うんです。いや、違わないんですけど…でも誤解しないでくださいね、私は別に…―――」
焦ったように説明し出しだが、全く伝わってこない。
「会ったの?昨日?」
「…はい」
小さな声で、優妃は頷くと、おずおずとこちらの表情を窺い見る。
「…ふーん」
俺は心底呆れた顔で頬杖をついたまま優妃をじとっと見つめていた。
(昨日は確か、中学の時の友達がここまで会いに来たとか言ってたよな?)
それがどうして、あの幼馴染みのやつと会うことになったんだ。
その経緯は気になっていたが、聞いたところで自分が苛立つだけだと思い直し、それは思い止まった。
(それにしても、…)
「本当に、隙だらけだよな…優妃は」
「…え?」
俺の言葉に、優妃が心外だという表情をした。
―――その次の瞬間。
「朝斗さん、私…朝斗さんだけが“好き”ですから!」
唐突に、必死な表情で優妃が言った。
しかも、声がでかい。
「一琉はただの幼馴染みです。本当です!」
近い。
近いよ、優妃。
君はまた、そうやって無意識に…。
――――“天然”ほど恐ろしいものはない。
「―――っ…。分かった、分かったから」
身を乗り出して必死に訴える優妃の肩をそっと押し返して言う。
「それ以上近付いたら、ヤバいから…」
(キスしたくなるだろ。ただでさえ抑えてるのに。)
「?」
首をかしげる優妃に、思わず顔をそらしてため息をつく。
だよな。
分かるわけないよな。
俺の気持ちなんて。
「…―――もういい、なんでもない」
言い方が露骨すぎたのか、しゅんと肩を落とす優妃に、俺は話題を変えようとあれを差し出す。
「これ、あげる」
急に気恥ずかしくなって、席を立つ。
「え?…―――あ、このお菓子屋さん…」
中を見て、優妃が笑顔になる。
(ほんと、現金なやつ。)
俺も彼女につられて笑顔になる。
「昨日の、マフィンのお礼」
「…朝斗さん、あのマフィン…食べたん、ですか?」
優妃が驚いたようにそう訊ねた。
「届けてくれた人がいてね。俺の名前、書いてあったからって」
本当は嘘だけど。
昨日優妃が置いて行ったことに気付いたからだけど。
「よ、よよ読みました?」
明らかに動揺しながら、優妃が訊ねる。
「ん?」
「だからその…て、手紙…です。」
「手紙?読んでないけど?なんて書いてたんだ?」
「読んでないなら、良いんです。いっそ忘れてもらって…」
なぜかホッとしたように笑みがこぼれる優妃。それに少し、ムッとした。
「気になる。気になって教室戻れないよ、教えて?」
俺は無意識に、自分から距離をつめていた。
「優妃…?」
急かすように耳元で囁けば優妃はたちまち顔が赤くなる。
(なんだこれ、可愛くていじめたくなる…)
「えっと…だから…」
優妃はこれ以上ないくらい赤くなった顔を下を向いて隠そうとしていた。
「あ、“朝斗さんが好きです。付き合って下さい”って…」
(あ。――――ヤバい…自爆だこれ)
可愛すぎる。
キスしたい。
だが、ダメだ。堪えろ。
「…あの…」
優妃が戸惑い気味にチラッと視線を上げる。
「うん、やっぱ直接言われた方が嬉しい」
「朝斗さん!知ってて言わせたんですかっ?意地悪…っ」
恥ずかし過ぎて涙目になっている優妃を、無意識に俺はそっと抱き締めていた。
「イジワル?…何度だって聞きたいんだよ、優妃の口から」
優妃の頬にチュッと音をたてて、優しく…優妃の涙にキスをすると、俺はすぐに離れた。
「行こっか、予鈴鳴る」
「…あ…はい」
(――――危な…。またやりすぎてしまうところだった)




