表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋してるだけ   作者: 夢呂
番外編【朝斗視点での物語】
179/315

【朝斗視点】12~不安定なこの心~(1)

『…朝斗さんの隣を、自信持って並んで歩けるようになってからがいいなって…』


優妃にそう言われてから、彼女の思いを尊重したくて、朝と帰りに一緒に登下校するのはやめることにしていた。

俺の隣を歩くのに、自信なんて必要ないと思うが、それは、彼女の中で大事なことらしいから。

だから気長に待つつもりでいたのに、文化祭の準備にも追われ、まったくと言うほど優妃と会う時間はなくなっていた。


「おはよーさん―――…うわ、」

そんな妙な声がして読んでいた本から視線を上げると、琳護がちょうどやってきたところだった。


「いやにご機嫌だな、なんかあった?」

「は?別に?―――あ、今日昼飯、他行くから」

素っ気なくそう言って視線を本へと戻す。…だが読んでいても、全く内容が入ってこない。


「ふーん。了解」

琳護を見なくてもニヤニヤしながらそう言っているのが分かって、若干イラっとした俺はそのままスルーしておいた。



朝と帰りが無理なら、昼だ―――そう考えて昨夜、電話で彼女を誘った。

『明日、時間ある?昼、一緒に食おう?』

『あ、はい!分かりました!!』

優妃の意外に明るい返事を聞けたことに、胸が温かくなった。


「うわ、浮かれまくってる…」

琳護のからかう声なんか耳に入らないほど、俺は朝から昼休みが待ち遠しかった。


昼休みになると、俺はすぐに文化祭実行委員の準備室へと向かった。

優妃はまだ来ていなかった。

(―――今から会える…)

そう考えただけで鼓動が高鳴った。


「遅くなってすみません!うちのクラス四時限目がっ…体育だったの、忘れてました…っ」

暫くして、優妃がやってきた。


「走ってきたんだ?」

息を切らせていた優妃が可愛くて、ついクスリと笑ってしまう。

優妃は恐る恐る教室に入ってくると、訊ねた。

「ここ…部外者が入ってもいいんですか?」


「優妃は特別。」

そう即答した俺の言葉に優妃が顔を赤くする。

そして俺が座っていた席から、なぜか少し離れて座った。


(照れてる?)


「優妃、遠すぎるから。…こっちおいで」

隣のイスを引きながら俺が言うと、優妃がためらいながらも隣に座り直した。


(優妃、――――本物だ…)

やっと会えた気がした。実際一日最低一回は校内の何処かしらで会っていた気がするけど。


「本当はもっと一緒にいる時間があればと思うんだけどな」

俺の呟きに、優妃がピクリと反応した。


「―――すみません…」

「なんで優妃が謝るんだよ」

軽く笑って俺は言った。

でも本当は優妃が“何に”謝ったのか解っていた。


(まだ自信がないから登下校するのは無理ってことだよな)


―――だけど優妃が言う『自信』というのは…。

(第三者から何か言われたから…それに打ち勝つためのものなんだろ…?)


優妃はなにも言わない。

以前(まえ)に三年に呼び出されたことを。

―――あくまで隠そうとしているのか?

俺に心配かけないために?

だけど。

もしそうなら…――――伝えておきたい。


「優妃、」

お弁当を開いて食べ始めたところで、俺は切り出した。

「―――三年生に、呼び出されたんだって?」


「…どこでそれ…」

優妃は驚いて箸を止め、こちらを見る。


「気付かなくてごめん。先輩方には優妃のこと、きちんと説明したし、もう人目気にしなくても大丈夫だから」


ちょうどこの間、電話が通じないのはどうしてかと聞きにきた彼女達に、ハッキリと伝えた。

『もう用がないからだ』と。そして『俺の香枝優妃(彼 女)を傷付けたら許さない』とも。


(だから、もう…気に病まなくていいんだよ)

「…―――っても、優妃が気にするんだったか」


そう。

それだけが問題じゃないんだよな。

分かってる。

あくまで自分の中の問題だと思ってるんだよな、君は。


だがそれでも、俺がそう言いたかったのは…―――


「すみませ…」

そんな風に謝らせるためじゃなくてー――


(安心させたかったのに、…上手くいかないもんだな)



「早く一緒に登下校したいんだけどな…」

ついまたそう呟いてしまって、自嘲気味に微笑む。


「そう…ですよね。私も頑張ってみます」

優妃が俯いたまま答えたそれは、本当に想定外のことばで―――。

「え…?本当に?」

驚きのあまり素の反応をして、優妃の方を向く。


いいのか?

それなら…嬉しい。

「はい。」

俺が微笑むと、優妃も嬉しそうに微笑んだ。





早速今日の放課後から一緒に帰ることになり、二年生の昇降口で待っていた優妃は、帰っていく女子達の視線を痛いほど浴びていた。

ギュッと唇を噛みしめて、それに堪えている優妃の横顔を見たら少し胸が痛んだ。


「ごめんな、待たせて」

俺の声で顔を上げる優妃。

「いえ。お疲れ様でした」

文化祭の準備で忙しかったが、ずっと待っていてくれた優妃の存在が嬉しくて、胸を痛めていたことすら忘れてしまう。


「優妃、ありがとう」

「え?」

優妃は驚いたように俺を見上げる。


「…少し無理させてるの、分かってんだけど」

ゆるゆるな口元を手で隠して、優しく彼女を見つめる。

「やっぱいいな、こうして一緒に帰る時間」

「私も…嬉しいです」

優妃は自分の足元を見ながらだったが、そう言ってくれた。


「そか…。なら良かった」

自分がこんな優しい声を出せるなんて知らなかった。照れてる優妃が、堪らなく可愛い。


「あ…」

ふと隣を歩く優妃の頭が俺の肩に軽く触れた。


「―――すみま…」

慌てて少し距離を空けようとした優妃を、思わず引き寄せた。


「………っ」

この時の俺は有頂天だった。

優妃が俺と向き合ってくれているのが嬉しかった。

触れたくて堪らなかった。

――――だから、抑えられなかった。


不意打ちのキスを口に落とすと、優妃は立ち止まったまま動けなくなった。

それは本当に一瞬の、ただ軽く触れるだけのキス。


「…優妃?」

唇を手で覆ったまま固まっていた優妃が可愛くて、そっと顔を離してクスリと笑みをこぼす。


「いつまでそうしてるつもり?」

そう言いながら手を繋ごうと優妃へ手を伸ばした。


「…あ…っ」

その瞬間、パシっとその手を払われた。


(――――!??)

――――意味がわからなかった。


何が起こった?

今、どうしてー―――?


「優妃…?」

心に穴が開く感覚。

揺らぐ―――目の前が…。


「あ…。すみませ…」

青ざめて、優妃がうつ向く。


そんな反応されるなんて、まったく想定外だ。

(なぜだ…?―――まさか…)

「嫌だった…のか?」

そう問い掛ける声がかすれる。


「………まさか、そんな…」

自分でも信じられないというように言葉に詰まる優妃。


(――――…なんだ、そっか…)

心の穴が拡がっていく…。


「私、朝斗さんが好きです…」

(好き?――――俺を?)


彼女の初めての告白はまるで、そう思おうとしているかのようだった。


「なのに…なんでか分からないんです…――――」

俺を見上げて、涙をポロポロ流す。


「私…おかしいですか…?」

(おかしいだろ。それなら、なぜ泣くんだ…)


想いは同じだと思っていた。

俺が笑うと、君も笑うから。

だけど違う…違ったんだ。


「涙が止まらないんです…」


君は無理してた。

俺に合わせようとしてた。

―――そういうことだろ?


俺ばかりが君を好きで。

俺ばかりがひとり舞い上がって、喜んで。


「別れようか?」

「…え?」


泣くほど嫌なら、無理しなくていい。

無理して向き合わなくていい。


「…別れよう、優妃」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ