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恋してるだけ   作者: 夢呂
番外編【朝斗視点での物語】
177/315

【朝斗視点】10~答に向き合う~

『お腹減りませんか?』

―――優妃のそんな一言で、俺は近くにあったファミレスへ彼女を連れていくことにした。



「で、どうした?何か用事?」

向かい合わせに座ったところで、俺からそう切り出した。


残念ながら優妃の様子からは、単に俺と一緒に“ごはんが食べたかった”というようには見えなかったし、その様子が逢沢から聞いた“三年に呼び出されていた”件と関わっているのではと内心思っていた。


『今までのような付き合いかたしてたら、そのうち優妃はいなくなりますよ?』

ふと、脳裏に逢沢の予言めいた言葉がよぎる。


(最悪の事態だけは、考えたくないな…。)


「あ…えっと、」

優妃は何か言おうとして、一回躊躇うように口をつぐみ、―――意を決したように俺を見て言った。


「…暫くは一緒に登校はやめにしませんか?」


(………!)

それは俺が想定していた最悪の事態では無かったが、それに近いものがあった。

俺は一度、気持ちを落ち着けてから訊ねた。


「―――誰かに何か、言われた?野々宮?」


それとも、三年の誰か?

誰がそう言うように仕向けた?

なんで君はまた、そんな風に…。


「え?いやいや違いますよ、私が恥ずかしくて…その…。あと少し、待ってて貰えませんか?」


俺の隣が…恥ずかしい?

恥ずかしいって何だよ?


『待ってて貰えませんか』を聴く前に俺の思考はそこでストップしたままだった。


「恥ずかしいって周りの目?それとも、見られたくない“誰か”、いる?」

(例えば―――…一護(あいつ)、とか…?)


優しく訊ねるべきだと分かっていたのに、勝手にきつい口調になっていた。

(俺といるところを一護に見られたくない?)


だが、俺の言う意味が分からないというように優妃は首を傾けた。


「いません、よ?私はただ…―ー」

「ただ?」


「…朝斗さんの隣を、自信持って並んで歩けるようになってからがいいなって…」


優妃はテーブルに置かれていた水の入ったグラスに視線を落としながらそう答えた。


(なんだ、それ…。なんだ、この気持ち(“ こ れ ” )…)

俺の不安な気持ちも。苛立ちも。

浄化する君の言葉。


誰かに見られたくないほど恥ずかしいからという理由(わけ)でもなく?

三年に呼び出されて誰かに何か言われたからという理由(わけ)でもなく?


誰のせいにもしないで。

ただ前向きに、ひた向きに?

本気でそんなちっさな願望のために…?


(自信なんて、なくてもいいのに。)

「優妃…」

名前を呼ぶと優妃はこちらに視線を上げた。


俺は頬杖をついていた手で、然り気無く口元を隠すようにして優妃を見つめる。


(どうしてそんなに、君は純粋なんだ…?)


「君は…それ…天然?」

「へ?」

間抜けな質問をした自分に俺はつい笑ってしまう。


(ズルいなぁ…本当に。)

聞くまでもなく、これは天然のものなのに。


「優妃は今のままで充分可愛いよ?」

「っ!!!」


こんな軽い台詞でしぬほど顔を赤くする君が。

表情豊かで…傷付きやすいくせに、必死で真っ正面から向き合おうとしてくれる君が。

俺は―――…。


「でも…朝斗さんは…っ」

俺が微笑んで顔を覗き込もうとすると、真っ赤なままの優妃が必死な表情で言った。


「大人の…綺麗目な女性が好きなんですよね?」


(………?)

「優妃?」

大人の綺麗目な女性?

なんだ、それは。

どこ情報だ?


意味が分からずにいると、優妃が小さな声で話し出した。


「わた…私…今まで朝斗さんが付き合ってた先輩達みたいに綺麗でもないですし、……色気もないし…、というか、割り切った関係にもなれそうにありません…」


―――――…“割り切った関係”?


「それでも傍にいたいって思うのは、ダメですか?」


――――なぁ…、なに言ってるんだよ?


「優妃は俺の“彼女”だろ?」

怒りを抑えても、声が低くなってしまう。


なんでまた…そうなるんだ?

何度言えば信じてもらえる?


「言ったよな?君が初めての“彼女”なんだって」

俺がそう言うと、優妃が視線を下げる。


「で…も、今までの彼女達とはそういう関係を…付き合ってなくてもしていたんですよね…?」


(クソ…)

「あいつら…敢えてバラしたってことか」

目を伏せ、優妃には聴こえないくらいの声でそうボヤく。


純粋な彼女を傷付けるには、充分だからか。

俺の過去が。

その情報源が、“彼女達”だと察して苛つく。

そして今までの、テキトーだった自分にも。


「確かに今までは何も感じなかった。付き合うとか付き合いたいとか、思ったこともない。」


(俺は、バカだ…)


「雰囲気に流されて、抱くことも出来たよ。どうでも良かったから。」


聞くに耐えないような顔をして、優妃は黙って聞いていた。


(こんなこと正直に話しても、なんのプラスにもならないのに…)


優妃に、最低な男だと思われたら、今度こそ、最悪の事態―――…“そんな人とやっぱり付き合えません”とか、言われるかもしれないのに。

だけど…

知っておいて欲しい。

今の俺の気持ちが、本当(マジ)だってことは。


「でも優妃は違う。大切な彼女だから、優妃が嫌ならずっと触れないよ」

「え…」

「優妃が嫌がることは何もしないって誓う。だから、」

「………」

「だから優妃には隣で、…笑顔でいて欲しい。笑顔にしたいんだ…―――」


そう。

それは紛れもない俺の本音。本心。

(やば…。なんかスゲー恥ずい。)


「…誰、ですか?」

優妃のそんな震えた声が…聞こえた。

「え?」


「“紫さん”て、朝斗さんの何ですか?」

優妃が、突然全く脈絡のない質問をしてくる。


「どうして優妃が…アイツのことを?」

優妃の口から他の男の名前が出て、しかもそれが紫で、俺は明らかに怪訝な顔をして呟く。


(紫のことを知って、どうするつもりだよ?)


「すみません聞いてしまったんです…。私、その人が…特別な人だって知らなくて…」

「は?特別?」

(特別って何だ??)

「花火大会の時、一緒にいた…美人さんです、よね…?」

聴く覚悟を決めたような表情をして、優妃がこちらを見た。


(花火大会の日、俺がその場にいたことを知っていた?)


「……――見たんだ?優妃」

コクンと頷くだけで、優妃は何も答えなかった。


(それで、(あれ)が俺の“大人の綺麗目な女性”の彼女だと思ったって、ことか?)

脈絡のない質問の数々が、何となく繋がってきて、俺は思わずはぁ…、とため息をつく。


「アイツはただの従兄弟だよ。恋愛対象になることもない。」

(あり得ないから、それだけは)


「――――イトコ…」

優妃はあまりに拍子抜けして、同じ言葉を呟いている。


「―――でも私のこと知ったら、紫さんが黙ってないって…」

優妃は途中で言葉を切った。

―――明らかに優妃は“彼女達”に言われたということだけは先程から俺に隠したがっている。

(言えばいいのに。俺に。)

おそらく俺に、心配をかけたくないとか考えているんだろう。優妃のことだから。

だから俺はあえて知らないふりをした。


「ったく…誰がそんなこと吹き込んだんだか…」


(“彼女達(あいつら)”…ふざけたこと優妃に吹き込みやがって。―――でも、“紫が黙ってない”、か。)


誤解が溶けたところで、俺はつい『紫が黙ってない』という言葉を思い出してあながち間違ってもいないなと苦笑してしまった。

「まぁアイツは黙ってないかもな…俺を弄るのが生き甲斐みたいな奴だから」

「え?」

驚いたように、優妃が俺を見る。


「俺を弟みたいに思ってるのか知らないけど。アイツは昔からそういうやつなんだよ」

「――――好きとか、本命とか…じゃないんですか?」

「勘弁してよ。」


半べそをかいていた優妃に、苦笑して答える。

「あんな女装野郎」


そう紫の正体を明かしても、優妃は安堵のあまり聞いていなかった。

身体中の力が抜けたようにソファーチェアーからズリズリと落ちそうになっている。


(ま、いいか。優妃が(あいつ)に会うこともないしな。)


大切な優妃は、絶対に見せるわけにはいかない。

なぜなら(あいつ)は可愛いモノ好きだからだ。


「っていうか、優妃…それずっと気にしてた?」

俺は、優妃に微笑んで訊ねる。

そこまで安堵しているところを見たら、どれだけそれを気にしていたのかが分かる。


(なんだ…そんなことで…)

俺が嬉しくて笑ってしまうのを、優妃はじっと見ている。

「………はい…。」

不服そうに返事をした優妃が可愛くて、俺はつい呟いていた。


「聞かれるのも、悪くないな」

「え?」

口元を頬杖をついた手で隠していたからか、優妃には届かなかったようだ。


「なんでもない」


聞かれることが、怖かった。

自分のことを知られたくないと思っていた。

踏み込まれたくないと思っていた。


なのに、君には知って欲しいと思った。

そんなホッとしたように笑ってくれるなら。

君が気になることなら聞かれても悪くない。

そう思った。

逃げずに、真っ直ぐに、

答えに向き合う君が好きだから。

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