【朝斗視点】9~嫉妬の渦~
夏休みが終わり、新学期が始まった。
2学期初日の朝、俺は優妃と一緒に登校した。
『一緒に学校行こうか』
―――俺がそう提案したとき、彼女は少し戸惑っていたのに気が付いていたし、今朝彼女が気まずそうに俺の隣を歩いていたのを知っていた。
だが、それよりもこの子は俺の彼女だと周りに知らしめたい気持ちの方が勝っていた。
『ごめん、急に実行委員会のミーティング入った。今日は先に帰ってて』
その日の放課後、優妃にそうlineすれば、『分かりました。では委員会頑張ってきてください』と可愛らしいスタンプ付きで返信が来た。
それを見ながら俺は文化祭実行委員の準備室へと向かう。
ドアを開け中に入ると俺を待っていたのは、―――逢沢だった。
「勝手に入って何してるんだ?」
「こっちの台詞ですよ。“何やってんですか”、先輩」
いつものように彼女は、俺のつくり笑顔にはまったく反応しない。
それに、なぜそんな風に突っ掛かってくるのか。
分かることといえば―――逢沢は俺に怒っていた。
「・・・何が?」
「優妃と一緒に登校したいなら、まずすべきことがありますよね?」
「―――…なんの話?」
(話がみえないんだけど。)
「優妃が今日どんな思いであなたと登校したか分かってます?」
(どんな思いで?)
「――――なにか、あったのか?」
つい、笑顔を忘れてしまう。
「三年生に呼び出されてかなりダメージくらってましたよ…。何なんですか。優妃のこと大事にするつもりないならなんで一護から奪ったりするんですか」
聞こえた。
今、確かに。
早口で捲し立てていた中に、あいつの名前が。
とても穏やかでは入られない言葉とともに。
「一護が…何?」
俺の声が低く、尖ったものになる。
「あの二人、間違いなく両想いだったんですよ。それを壊したのは先輩なんです」
「………」
両想いだった?
二人が…?
ならどうして…。
彼女はいま俺と付き合ってる?
必死に俺に向き合おうとしてくれてる?
「今までのような付き合いかたしてたら、そのうち優妃はいなくなりますよ?」
呆然と立ち尽くす俺にそれだけ言うと、逢沢は教室から出ていった。
――――…いや、俺は気が付いていた。
一護が優妃を好きだと気が付く前に。
優妃が一護を好きだと気が付く前に。
だから俺は、焦っていたんだ。
早く自分のものにしなければと。
二人が付き合うより先に、付き合うより前に…と。
一護の存在がずっと気にかかってイライラしていたのも…―――。
あんなふうに一護に牽制球を投げておきながら今も、不安が無くならないのも。
あの二人の気持ちに、俺自身がいち早く気付いていたからだと。
―――――――
「朝斗、どした?随分上の空だなぁ」
実行委員のミーティングを終え帰宅途中、琳護がそう言いながら同じ地元の駅で降りた。
「もしかして、彼女と何かあった?」
「別に?」
そう話しながら、何気なく同じホームに反対方面行きの電車が停まるのを見ていた。
(―――え?)
見間違いかと思ったが、彼女に似た子が電車から降りてくるのが見えた。
「優妃?」
彼女は何か、考え込んでいるようにも見えた。
酷くツラそうで、でもそれは口には出さないと決めているような顔。
「どうした?こんなところで…」
あまりのことに驚いてそう声をかけると、彼女も俺を見て驚いていた。
そして気まずそうに目をそらして言った。
「すみません…」
「謝る必要ないだろ?ただ、驚いたんだ、」
責めたわけでもないのに、そう言ってうつ向く優妃の頭を優しく撫でる。
今、優妃がどうしているのか、気になっていた。
逢沢に言われるまで、気が付かなかったから。
優妃が今朝のことで、三年に呼び出されていたなんて。
だから。
「ちょうど優妃に会いたいと思っていたところだったから」
俺がそう優しく言うと、優妃が顔をあげた。
凄く…嬉しいと思ってしまう。
期待してしまう。
俺に、逢いに来てくれたのか?
君から。
俺のところに?
「おーおー、熱いねー。」
琳護が茶化すように言うと「じゃなー」と軽く手を振り帰っていく。
「………バイバイ、朝斗」
隣にいた野々宮も後ろ髪引かれるようにこちらを何度も見ていたが、琳護に手を引かれ帰っていった。
「で、どうしたんだその顔」
二人が帰っていくのを見届けていた優妃に、俺は訊ねた。
「顔?」
意味が分からないという表情で斜めに首をかしげる彼女の頬にそっと手を伸ばす。
「ここ、泣いた跡…だろ?」
指で頬に触れると、彼女がフリーズした。
「こ…これは、何でもなくて」
なぜかパニックになりながら、次の瞬間…優妃が少し大きな声で言った。
「そんなことより、お腹減りませんかっ?」
(は?)




