表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋してるだけ   作者: 夢呂
番外編【朝斗視点での物語】
174/315

【朝斗視点】8~恋という気持ち~(1)

目の前にいた彼女が去り、パタンと玄関のドアが締まる音をリビングから聴いていた。


(…この部屋―――こんなに、静かだったか?)


取り合えず手の届くところにあったリモコンでテレビの電源を入れ、時間を潰すためにくだらないテレビ番組をただ眺めていた。


(――――…退屈だ。)

久しぶりに、退屈だと思った。


「………」


ふと喉が乾いて冷蔵庫を開けると、真ん中を占領している大きな箱が視界に入る。


優妃が持ってきた、ケーキの箱だ。

つい先程、嬉しそうに説明する彼女の顔が浮かんだ。

『良かった!なんのケーキが好きなのか分からなかったので、いろんな種類買ってきたんですけど、私ここのチーズケーキが大好きで、もし食べてもらえたらと思って』


(そう言えばまだ開けてもなかったな)

そう思い、何気なく手に取り箱を開ける。


箱の中にはチーズケーキ、チョコレートケーキ、ショートケーキ、ロールケーキまである。チーズケーキの上には“朝斗さん Happy Birthday”とケーキ屋(プロ)の割に下手くそな文字で書かれたチョコレートプレートがのっていた。


(つかこれ、何人分だよ……)

ケーキ屋で真剣に悩んで、結局何個も選んでしまった彼女の姿が想像できて、クスリと笑ってしまう。


見ただけでも胸焼けしそうなケーキを前に、また胸があたたかくなる。


その時、

『ピンポーン』と家の呼び鈴が鳴り、俺は慌てて出る。

「ゆっ」

「ご注文のピザ、お届けに参りましたー」


ピザ屋の配達店員が、勢いよくドアを開けた俺の顔を見て驚いている。

「―――あ…はいどうも…」

決まりが悪く、俺はうつ向き加減でピザを受け取り、お金を支払う。


何を期待した?

俺は。

あり得ないだろ…


(優妃が戻ってくるはず、ないのに…)



『どうしてそんなこと言うんですか…?』

どうして…?

逆に優妃にそう問いたかった。


…どうして君は、そんなこと言うんだよ?



『付き合わない?』

確かに―――軽い気持ちで、俺は彼女に近付いた。


『好きになってよ』

手に入れるために、甘い言葉でなかば無理やり優妃を懐柔した。


いや、そのつもりでいた。


だが、彼女に近づけば近づくほど自分と彼女の間にある壁を感じ、そしてその度に、なぜか苛立っていた。


目を合わせないことも。

俺を名前で呼ばないことも。

『知りたい』と言ったのに、そこまで踏み込んでこなかったことにも…。


『なんで一護には笑顔を見せるのに…。』

――そう、苛立っていた理由(わけ)も。



(…とっくに、気付いていた。俺は…――)



会えると思ったら浮かれてしまうのも。

彼女が笑っただけで、胸が熱くなるのも。


『笑えよ、この間みたいに』

――馬鹿みたいにそればかりを考えていた理由(わけ)も。


――――最初から、そこに答えはあったのに。


「…優妃」

君を手に入れたかったのは…――――ー。



頭を冷やそうと、ピザをテーブルに置いて外へ出る。

そしてあてもなく近所のスーパーをふらついて、結局なにも買わずにアパートへと戻った。


(何してるんだ…俺は――――…)



要らないんだ。

“もう、誰にも期待しない”そう決めたはずだったろ…。

心なんて動かすと、ロクなことがない。幼いときにそう悟ったじゃないか。


過去を思い出してそう自分を戒める。

ふとアパートの近くまで着いたとき、自分の部屋の前に小柄な…人影が見えた。


(――――なん…で)


「朝斗さん…」

ドアにもたれ掛かるようにして、彼女が俺の名前を小さく呟いたのが聴こえた。


(たった今、“要らない”と思っていたくせに)

彼女の姿を目にした瞬間から、自分の心臓が激しく動くのを感じていた。


「優妃?」

その場にしゃがみ込んだ彼女に、半信半疑で声をかける。


「まだ帰ってなかったのか?」

――――…戻らないと、思っていたのに。


「さっきはごめんなさい…。私、自分のことでイッパイイッパイになってしまって。それで…」


優妃が振り返って頭を下げる。


知ってる。

わざわざ言わなくても。

それに…謝るのは、君ではないはずなのに。

君が謝る理由なんて、どこにもないはずなのに。


「俺も。さっきはあんな言い方して一人で帰らせたりしてごめん。―――入る?」

そう訊ねると、ビクビクしていた優妃は顔を上げた。

なぜか驚いたようにこちらを見ている優妃に、俺は優しく安心させるように微笑む。


「…はい」

そう答えながら身構えるようにスカートの裾を握った優妃を見て俺は苦笑した。


(警戒しまくりだな。――――まぁ、そうだよな)


「大丈夫。絶対、何もしないから」

優妃を安心させようと俺はそう断言した。


何もしない。

今度は間違えない。

君が怯えて…泣くようなことはしない。

それより…君がまた来てくれただけで…。

嬉しいんだ。こんなにも。



(―――やば、ニヤついてしまうのを抑えないと…)

嬉しいのが身体中から漏れてしまっている気がする。


「で?どうしたの、ここに戻ってきて」


なんとか冷静さを取り戻すために優妃から離れて、コーヒーを淹れながらそう訊ねる。


優妃はリビングのソファーに座ってこちらを真っ直ぐに見つめてくる。


「私、朝斗さんと話がしたくて」

「話?」

ドキリとした。彼女の話はいつも俺の予想の斜め上をいくから。


「以前に…朝斗さんは私に、“知ることは必要はない”と言いました」


優妃の言葉を、俺は真剣に聞きながら、優妃の目の前にそっと淹れたてのコーヒーを置いた。


「うん。言ったね。それで?」

「でも…私は、知りたいんです。朝斗さんのこと」


――――こんな感情は要らないと思ってたのに。


君は、ここに戻ってきた。

君は、また『知りたい』と言う。


だけどそれはなぜ?

俺のことは嫌いだったんじゃないのか?


そう卑屈な発言をしてしまいそうになり、俺は黙ってコーヒーカップを口に運ぶ。


「私…もっと朝斗さんのこと分かりたいんです」


そう言ってじっとこちらを見る優妃の目が、真剣で。

俺はコーヒーカップを静かにテーブルに置き、観念して口を開いた。


「…いいよ、話す。優妃は何が知りたい?」

「私…」

優妃は目を伏せて話し出した。

「本当に朝斗さんの彼女なんですか?」


(は?)


ショックだった。

そうでなかったら…なんだと思って隣にいたんだ?


「それとも朝斗さんの“彼女達”の一人なんでしょうか?私、朝斗さんの周りにいつもいる“彼女達”みたいな魅力何一つ持ってませんけど、でも」


あり得ない発言に俺は思わず、はぁ、と息をつく。すると優妃は一回口をつぐんだ。


彼女達のうちの一人?

君は、ずっとそう思っていたのか?

だからなのか――――…壁を感じたのは。


「………」

苛立ちを隠すように黙り込んでいた俺に、優妃はなにを勘違いしたのか慌てて両手を振りながら早口で喋りだした。


「あ、全然いいんです!それでもいいんです!私、朝斗さんが私なんかに声かけてくれただけで充分、もう一生分の幸運使い果たしてたって自覚してます!ただ、図々しく間違ったりしないように…ちゃんと自分の立ち位置を知っておきたかっただけで」


だんだん声が小さくなり、泣きそうなのを隠そうとしたのか優妃はうつ向いた。


「優妃、」

彼女の名前を、優しく呼ぶ。


君はどれだけ自分を卑下するの?

そんなこと言わないでくれ。

それは全部、勘違いだから。


可愛らしい小さな唇に優しく人差し指で触れ、一言「待って」と言うと彼女は静かに顔を上げた。


「…―――信じてもらえないだろうけど、優妃は俺の初めての“彼女”だよ」

潤んだ瞳の優妃を見つめて俺は言った。


そう。

君は俺が初めて自分から“付き合いたい”と思った女。初めての“彼女”という存在。


(それなのに……―――)

―――――はぁぁと長めのため息をつく。


「…優妃にそんなこと思わせてるなんて考えてなかった。今までがテキトーだったからな…女関係も、何もかも。」


ソファーに前屈みになり片手で頭を押さえて項垂れ反省する。

俺はずっと、他人の気持ちなんて考えたこともなかった。


「―――俺、学校で“王子様”とか“アイドル”とか言われて…なんだそれとか思ってたけど。そんな周りのことなんてどうでも良くて。むしろ周りにテキトーに合わせてた方が全て楽だったから…」


こんなことを人に話す日が来るなんて思わなかった。

優妃の目が、真っ直ぐだから。

優妃が真っ直ぐにぶつかってくるから。

それが、嬉しかった。

素直に、嬉しいと思えた。


「誰かの為に必死になることなんて、これからも絶対ないと思ってた。―――あの時、優妃が電車に飛び乗ってくるまで。」

「あの…それは…」

まだ信じられないような顔で彼女が何か言いかけた。

優妃が全てを口にする前に、俺は優しく彼女を見つめる。


だから、もう…―――分かっただろ?

そうだよ。

俺は、――――…君が好きなんだ。



「あーでもフラれた時は、驚いたな。俺、告白したのも初めてだったけど断られることはまるで頭になかったから」


ふと初対面の日の事を思い出して、苦笑する。

(あの時は、別にどうでもいいと思ってたのにな)


「だって私なんかに…。からかわれてるのかと…」

優妃は赤面しながらしどろもどろに答える。


(うん。君は、間違ってない。)

俺もあの時は…こんな気持ちになるなんて、思っていなかったのだから。



「もう19時過ぎてる。―――送ってくよ」

部屋にあった壁時計に視線をやりながら、俺はソファーから立ち上がる。


「あ、」

優妃が名残惜しそうな声を出した。


「聞きたかったこと、まだある?」

「あります。たくさん。」

必死な顔をして優妃が言い切った。


うん。

でもこの空間はやばい。

“好き”だと認めてしまったら、なんかもう。

いちいち優妃が可愛すぎる。


「でも、あとは歩きながらでもいい?これ以上家に二人でいるのは正直キツいし」

「…ぇ」

絶句してる優妃が、また一段と可愛らしい。


(駄目だ。そんなガッカリされると、また襲いたくなる。けど、)


そうしたいと思っているのは俺だけだから。それに。


「“絶対何もしない”って、約束したからな」

自分に言い聞かせるようにそう言って、俺は先に玄関へと向かう。




拒絶されるのはあまりにツラい。

それに、彼女に泣かれるのはもうごめんだ。

(なのに、触れたいという気持ちは止められそうにないから…せめて―――)


「手、繋いでも?」

その帰り道、俺は恐る恐る訊ねた。


彼女は、何も言わずに頷く。

彼女の手を繋いだ瞬間、暖かい気持ちが溢れだす。

この手を離したくないと…思った。


「今日、本当にすみませんでした。お祝いするはずだったのに…。」


手を繋いだ瞬間から、そちらにばかり気がいってパニックになっている彼女。

だけどそれは“演技(ふり)”ではない。


本当に、信じられないぐらいウブな彼女。

それでも応えようとしてくれる彼女。


「いや、大丈夫。気持ちだけで充分嬉しいから」

そう答えながら自然と優しい笑みがこぼれる。

優妃は俺の微笑みに、照れたような微笑みを返してくれた。


「私、朝斗さんの彼女なんだっていまいち自信持てなくて…それに一琉に言われたら本当に私のことは本気じゃないんじゃ…とか、不安になってしまって…」


――――…“いちる”?


「でも、一護くんに話を聞いてもらっていたら…私が間違ってたんだって気付いたんです」


―――――“一護(いちご)”?


…俺がそれをどんな表情でその話を聞いているのかなんて、こちらを向かない優妃は気付いていない。


「先輩のこと分からないんじゃなくて、私が知ろうとしてなかたんだって。」


そこで優妃が一方的に話していたことに気がついて慌てたようにこちらを見る。


――――――“先輩”?


「…優妃、君はまだ分かってないことがあるな」

「え?」

俺は微笑んでみたけれど、ちっとも冷静ではいられなかった。


「俺は、そんな出来た男じゃないから」

「え?……朝、斗さ…?」


戸惑う優妃の顔を、じっと覗き込む。

誰にも間に入れないほどの距離まで近付けて。


そう。

君はいつも俺の予想の斜め上をいくから。

俺はいつも通りでいられないんだ。


(気付いてといっても、君は気付かないんだろ?だったら、教えてあげるよ)


「優妃が他の男と話してるのも腹が立つし、優妃の口から他の男の名前が出るのも腹が立つ。――――知られたくなかったけど、でも隠していたらエスカレートしそうだからあえて言っておく」


「………」

俺は君の“先輩”じゃない。

俺のことはなかなか名前で呼ばないのに、あいつらのことはあっさり名前で呼ぶなんて。


(それだけで、俺が今どんなに―――…。)


「みっともないほど俺は、優妃を独占していたいんだよ。覚えといて」

「で、でも一琉は本当にただの幼馴染みで…私は好きでもないし。―――…い、一護くんは初めてできた男友達で…大切で…」


素直に頷くと思っていた俺は、優妃の言葉に驚いていた。


――――“大切”?

なぁ…いま、そう言ったのか?


悪気はないのだろうが、いや、ないからこそ…優妃の言葉は俺を苛立たせた。


「一護はそう思ってないよ」

「え?―――朝斗さん、何言ってるんですか…私達“友達だ”って、一護くんが言ってくれたんですよ?」

「嘘だから。それ」

俺は即座に優妃の言葉を否定する。


一護のやつ。

優妃にそんなこと言って、近付いて…。

優妃もばか正直に真に受けんなよ。


(―――どうしてそんな、信じてるんだよ…。)

「優妃に下心があって近付いてるんだよ、一護は」


「そんなはずありません!大事な友達なんです!!」


なんで俺の言葉より、一護の言葉を信じるんだよ。

どこからそんな自信が出てくるんだよ。

俺のことは疑っていたくせに。


募るイライラを抑えようとして黙っていた俺に、優妃が止めを指した。


「そんなこと言う朝斗さん、らしくないです!」


“らしくない”?

なぁ、君は俺をなんだと思ってる?

君の目に映る“俺”は…他のやつと同じなのか?

完璧で、優しくて、って―――…?

そんな俺が、本当に“早馬朝斗(本当の俺)”だと思ってる?


――――そう思ったら、虚しくなった。


俺はそれ以上何も言わなかった。黙ってそのまま前を向いたまま歩いてた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ