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恋してるだけ   作者: 夢呂
番外編【朝斗視点での物語】
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【朝斗視点】7~誕生日~(2)

「お邪魔します…」

緊張した面持ちで、彼女はうちの玄関に足を踏み入れた。


「…先輩、一人暮らしなんですか?」

“一人暮らし”という言葉に、少し引っ掛かる。


(――――そうか。…そうなるのか。)

正確には、ここは紫のアパートで俺はただの居候。

だが、最近紫はほとんどここへ帰ってきていないので、今は実質一人暮らしのようなものだった。


「…まぁ、そうだね。一人で暮らしてる」

俺は素っ気なくそう答え、そして玄関で立ったままの優妃の方を振り返り、上がって?と声をかけた。


『知りたいと思ってはいけませんか?』

優妃はああ言っていたのに、それ以上なにも聞いてこなかった。


(――――やはりあれは(てい)のいい言葉、だったんだな)


そう思ったら、…なぜか苛立ちを覚える。


(いや、それでいい、…だろ―――?)

知る必要はない、聞かれたくないと思っていたんだから。

(なのに…なんでこんなイラつくんだよ…)

自分の矛盾している気持ちに、戸惑う。



「あの、先輩…ケーキ好きですか?」

ソワソワした様子の彼女は突然そう言うと、部屋のテーブルに大きめの箱をコトリと置く。


(そのでかい荷物、ケーキだったのか…)


「嫌いではないよ」

俺の言葉に、優妃はホッとした顔をした。

(好きでもないけどね)

心の中でひそかにそう付け加える。


すると、優妃はいつになく饒舌に話し出した。


「良かった!なんのケーキが好きなのか分からなかったので、いろんな種類買ってきたんですけど、私ここのチーズケーキが大好きで、もし食べてもらえたらと思っ…」


(…どんだけ楽しそうなんだよ。てか、どんだけ買ってきたんだ…)


ケーキについて楽しそうに話す優妃がまるで無邪気な子供みたいで、俺は笑えてきてしまった。

クスクス笑っていた俺の声に、ハッと気が付いた優妃は慌てて口を閉じる。


「ありがとう」

俺はにこやかにお礼を言い、冷蔵庫へケーキをしまう。


(別に、喋り続けてても構わなかったのにな…)

お喋りな女は嫌いだが、優妃の声は不思議と心地好く耳に届いたから。



「ところで優妃、呼び方が元に戻ってるよ。先輩先輩って」

先程から、俺はそれが気になっていた。


デートの時は、名前だったのに優妃はまた元通りになっていた。

なぜかその呼び方が、毎回気にかかってしまう。


“先輩”という呼び方は、まるで“俺”との間に一線を引かれているように聴こえる。


(まぁ、無意識なんだろうけど…)


彼女にとって俺は、“彼氏”ではなくただの“先輩”に過ぎないのだろうか。

そう考えたら、それがすごくしっくりきて余計にイラつく。


「あぁ、もう…っ、すみません…」

やはり無意識だったらしい。指摘するとすぐ優妃は項垂れた。


「夕ご飯、何食べようか?ピザでもとる?」


小さくなって謝る優妃がこれ以上気にしないように、俺はあえて明るく訊ねる。

すると、俺の予想に反して優妃はさらに小さくなってしまった。


「あ、すみません気が付かなくて…何か買ってくれば良かったですよね…」


どんだけ落ち込むんだよ。

さっきまで楽しそうにケーキの話してたのに。


てか、ケーキの時のあの表情が一瞬にしてここまでに変わるとか。


(本当―――…忙しいやつだな…)

こうやってコロコロ表情を変える彼女は、なぜか見ていて飽きない。


「気にしすぎ。―――待ってて電話してくる」

しゅんとしていた優妃の頭をポンポンと軽く触れて、俺はキッチンへ向かった。


優妃は一人リビングに座って、落ち着きなく部屋を見回している。

テキトーにピザの注文をして、俺はリビングに戻った。



――――さて、もういいよな?


「優妃…」


ふわりと後ろから抱き締めると、驚いたように優妃の肩がピクンと揺れた。


「は…はい…」

身体を硬くしたまま立ち尽くしている優妃の耳元で、クスッと笑う。


「誕生日お祝いしてくれるってわざわざこんなとこ

まで来るし、―――期待しても良いの?」


「き、期待されても…。ごめんなさい、じ、実は私ケーキしか準備してこなくて…」

消え入りそうな声で、優妃が言う。


なんで純情ぶるの?

いまさらそういうの、要らないから。


「ケーキ…とかじゃなくて、」


俺は嘲笑うように半笑いしながら、耳元で囁く。


(分かってるんだろ?)

「優妃を喰べたいんだけど?」


優妃は俺の腕の中で固まったまま動かない。


「嫌?」

そう聞くとすぐに彼女は首を振った。


―――なら、合意の上だよな。


そのつもりだったはずなのに、優妃はいまだに固まったまま動かない。


そっちの望みどおりなんだろ?

なんで喜ばないんだ…?


それに…―――

俺は君の“彼氏”で―――…君は、俺の“彼女”だろ?


ゆっくりと顔を近付ければ、優妃の肩に息が掛かかった。


「優妃、嫌なら嫌って言わないと、」


(さぁ、どう出る?君は、なにを考えてる?)


「―――今ならまだ、逃がしてあげられるよ…?」


そう煽れば、彼女の本性が出ると思った。

なのに彼女は俺に抱き締められたまま、変わらず硬直している。


「あ…あの…―――……」

ようやく口を開いた優妃の声が…怯えていた。


そんな…

なんでそんな怯えた声出すんだよ…

あり得ないだろ。

それは―――…演技(ふり)、だろ?


―――信じられずに、俺は混乱していた。

いや、本当は薄々気付いていた。それでも俺はそれに気づかないふりをしていたのではないか?


(―――まさか。本当に、彼女は…?)


「先輩、…私…―――」

「嫌?―――祝ってくれないの?」

なにか言いかけた優妃に、畳み掛けるように言う。


ここまで押し掛けてきて?

うそだろ。

本当は、そのつもりだったんだろ?

緊張してるだけ、とかなんだろ?


(てか、“先輩”てなんだよ。“彼氏”だろ俺は。)

“先輩”の言葉を聞いて、頭に血がのぼる。


俺は有無を言わさず、首筋をなぞるように唇を這わせた。


「違っ…んっ、そ、そうじゃないです!」

一瞬、優妃の濡れた声が漏れた。


(あ。―――…今のは・・・ヤバい。)


自分から抱いてみたいと思ったのは、この時初めてだった。


「優妃のこと、メチャクチャにしてみたい」

「!?」


もっと色んな声が聴きたい。

俺だけに見せる表情が知りたい。

誰にも見せないような、表情を。

俺だけに。


「朝斗さん…」

そう呟く優妃の目に、涙が込み上げてくる。

やっと俺の名前を呼んだ。

そんなことで、すぐに怒りは鎮まっていく。


なのに――――…


「どうしてそんなこと言うんですか…?」


彼女の目からポロっと涙が頬を伝ってこぼれた。

そしてずっと堪えていたかのように、涙が次から次へと溢れだす。



(――――なんだよ…マジか…)


一気に、気持ちが萎えた。

同時に確信した。


まさかは、その“まさか”だった。

彼女は最初から、()だった。


彼女は本気で(● ● ●)初めからケーキを食べるだけ(● ●)つもりでここへやってきたのだ。

“計算”や“演技(ふり)”なんて一切していなかった。


そして同時に結び付くのは、彼女にとって俺は“先輩”で――――“彼氏”ではないということ。



――――こんな怯えて、よほど嫌だったのか。


(なんでだ…)


――――嫌?と聞いたら首を振っていたのに。


(なんでだよ…)


君のことはいまだに分からない。

ただ、分かるのは…―ー―。


「優妃って、涙まで綺麗なんだね…」


独り言のようにそう呟いて、俺は優妃の拘束を解いた。

(俺とは違って)


君は、まっさらな―――なににも汚されていない心を本当に持っていた…。


「…?」

優妃は首をかしげて、恐る恐る俺を見る。


「――――どうかしてた、ごめん…」


そう言って、優妃から離れると、彼女はホッとした表情を見せる。


(本当に、どうかしてる…)


自分のこの気持ちを確かめるために、彼女を俺のものにしたいと思った。

“彼女”という名ばかりのものではなく、身体のつながりを欲していた。


――――(いや)違う(● ●)


あの時、俺は確かに…――――。



(“どうかして”る、本当に――――…)



「もう、帰っていいよ」

俺はソファに座り、目を伏せたままポツリと言う。


俺が怯えるほど嫌なのなら、首なんて振らずに初めからそう言えば良かっただろ。

だったら、帰って…今すぐ俺の目の前から居なくなればいい。


(―――なんなんだよ、この…モヤモヤした気持ちは。)


優妃と付き合いだしてからずっと、俺は知らない感情に振り回されている。


(こんな気持ち、要らないんだよ俺は。)


そう。感情なんて要らない。

それが一番、楽だと悟ったんだ俺は。

だから…―――。


「…帰って。」


動こうとしない優妃に俺はもう一度、さっきよりきつめの口調でそう言った。

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