【朝斗視点】5~勉強会の日~
文化祭実行委員長に任命されてしまった俺は、文化祭準備のために夏休みの大半を学校で過ごしていた。
とはいえ夏休みだからといって特にやりたいこともなかったし、いつも通り、周りの期待にただ応えていた。
「朝斗、今日はちょっと寄り道して帰ろうぜ」
琳護が珍しくそう言った。腹減らね?ハンバーガーでも食おうぜと、明るく誘ってくる。
文化祭準備の仕事を区切りのよいところまでで終え、気がつけば昼過ぎ。確かに空腹だったし、まぁいいかと素直に付き合うことにした。
「ちょっと、話もあって」
「何だよ、課題なら見せねーぞ…」
琳護にそう忠告しながら、ハンバーガー屋に入る手前で一人の女が視界に入った。
ショートな髪に、ガーリーなノースリーブブラウスにジーパンというシンプルな姿だが、大きく整った目や高く通った鼻筋は、自然と目に止まるような美人だ。
彼女は、じっとこちらを見据えていた。と思ったらツカツカとやってきて俺の前で足を止める。
「お久し振りです、早馬先輩」
しゃべり方に、覚えがあった。よく見たら、その顔立ちにも見覚えがある。
「…逢沢?」
彼女は、逢沢翠…―――中学時代の後輩だった。なぜ名前まで覚えているのかといえば、琳護の元カノだった女だからだ。
店内に入ると、逢沢も同席した。この三人が揃うのは中学三年の…いつぶりだ?
「へぇ…髪が短くなったら雰囲気変わるもんだな。誰だか分からなかった」
中学時代、長い髪が印象的だったのに。
頬杖をついて正面に座る逢沢に微笑みかけると、彼女はなぜか眉をひそめた。
「そーなんだよ、俺は長い髪が好きだったんだけどさ…」
ブツブツと口を尖らせる琳護をスルーして、逢沢が口を開く。
「優妃と付き合ってるって、本当なんですか?」
――――逢沢の口から、彼女の名前が出るとは思わなかった。
「優妃と…知り合いなんだ?」
「同じクラスですよ」
「仲良いんだと」
琳護がすかさず、そう付け加える。
「仲良い?―――なら今日勉強会だったんじゃないか?」
「雑談に花咲かせてたんで、帰ってきました」
「逢沢らしいな」
俺がそう言って軽く笑っても、逢沢は表情を変えずこちらをじっと見ている。
(ほんと、苦手だな―…この子。)
微笑んで見せても、まったくのノーリアクション。―――何よりこの、すかした態度がマジで気に入らない。
「どういうつもりか知りませんが、本気でないのなら今すぐ優妃を返してください」
――――返す?誰に?
「彼女は自分の意志で付き合うことを決めたんだけど?なぜ逢沢が口を出すの?」
余裕を見せるために、微笑みを崩さずにそう聞き返すと、逢沢が目を伏せた。
「―――…優妃を、“彼女達”と一緒にしないで」
「………」
は。…―――驚いた。
逢沢に言われるまで、俺は“彼女達”存在をすっかり忘れていた。
それどころか、優妃をそうしたいと考えてもなかったことに。
「優妃を傷つけたら、許さないから」
逢沢はそれだけ言うと、席を立った。
「おい、翠っ――――行っちゃった」
琳護が逢沢の背中を見つめて、溜め息をつく。
「久しぶりに翠から珍しく連絡来たと思ったら…これだからな」
肩透かしを食らった顔をして琳護が笑う。
(あぁ…。そういうこと)
琳護が先程言っていた“話がある”とは、こいつからじゃなくて逢沢からだった、ということか。
「琳護、逢沢のこと本当に好きだな。もう諦めれば?」
「うーん。他に翠よりイイ女が見つかれば俺も考えるさ」
「ふーん…」
(ま、どうでもいいけどな。)
「てか朝斗、今日誕生日だろ。なんで優妃ちゃんは勉強会なんか優先してんだ?」
この後会うのか?と琳護が興味深そうに身を乗り出す。
「いや?そもそもあの子、俺の誕生日知らないと思うけど?」
「は?マジかよ!?」
なぜかそう、驚かれる。
「普通、カップルの一大イベントだぞ?」
琳護の必死さが滑稽で、つい吹き出してしまった。「なんだそれ。」
「…お互いの誕生日は祝うもんなんだよ、ふつーは」
あとは、クリスマスだろ、バレンタインデーだろ…と琳護が指を折りながら呟いている。
(――――お互いの誕生日、ねぇ…。)
「そんなこと、考えたこともなかった」
「これだから付き合ったことないやつは…」
琳護がやれやれと優越感に浸ったような顔で溜め息をつく。それがいやにイラッときた。
「帰る。」
「お、優妃ちゃんに会うのか?」
俺が席を立つと、愉しそうに琳護が声を出す。
「いや?用事思い出したから」
「んだよ…」
プレートを下げようと手に持ち、そう素っ気なく返すと、琳護がつまらなそうにする。
「あ、朝斗!」
気にせず行きかけた俺に、琳護が声をかける。黙って振り返った俺に、琳護がニカッと笑って言った。
「誕生日、おめでとさん」
「………どうも。」
取って付けたようにそれだけ言って、俺は店を出た。
―――そう。
17年前の今日、俺は生まれた。
だけど、めでたいことなんて、何一つない。
花を買っていつもの場所へ向かう。
――――そう。…早馬家の墓へ。
そこにはすでに綺麗な真新しい花が供えられていた。父親が来たとは考えにくい。おそらく紫だろう。
(母さん…か――――)
8月2日。
母親が俺を産み落として、そのまま息を引き取った日。
俺のせいで、母親が死んだ日。
顔も声も、温もりさえも知らない俺の母親の、命日。




